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煩悩があるということは無知であるということ「無明」 一日一南無 9日目

人それぞれ煩悩がありますよね。
強すぎる物欲、嫉妬、ただしくない異性の関係などなど。
この煩悩の元をお釈迦様は「無明」つまり、智慧がない状態・愚かさを意味しています。
無明はものごとを正しく見て、合理的に考える力が欠如しているということを意味します。

物惜しみは恵む者の汚れ
悪行は 過去・現在・未来の
いかなる生まれにおいても
汚れである

その汚れよりも
一層汚れた汚れの極み
それが無明だ
比丘(びく)たちよ
その無明という
汚れを捨て去って
汚れのない者となれ。

ダンマパダ 242,243

お釈迦さまは強い言葉で無明を捨て去れとおっしゃていますね。
またこのようにも言っています。

愚かな者が自分を愚かであると自覚するなら
彼はそのことによって賢者となる

愚かな者が自分を賢いと考えるなら
そういう者こそが愚か者と言われる

ダンマパダ 63

自分が無明であること、つまり「無知の知」であることを理解することも大事だと言っています。

ただしくものごとをみて、判断する、状態を目指して修行し続けることが苦から逃れられる方法だと説いています。


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