見出し画像

「死ぬタイミング」論

障害者就労の職務の中でよく
「もう死んでしまいたい」
なんてシーンに出くわす。
ここの職場に馴染めない、誰それが嫌、
仕事がしんどい、世間の風当たりが云々…
理由はネガティブなことばかり。
まぁね己の人生やねんから
勝手にすりゃええねん!…なんだけど
なかなかそういうわけにもいかないので
従事者は通り一辺倒な言葉を繰り返すわけ。
励ましたりね…うざいなそれも。

思うのは
そのタイミングで「死ぬ」でいいの?
もちろんね、俺ら他人やし
心の奥底まではわからんよ
絶対にわからんと思うわ。
せやけどこっちのこともわからんよね?
今の気持ちをドス黒い絵の具やとしましょう。
支援という名のパレットにそれを置いて
僕らはそれを水で少しづつ薄めてあげるくらいのことしかでけへん。
でも薄めるだけでほんの少しかもしれんけど
楽になれる時もあるはずよ。
挙句綺麗さっぱり消えてなくなるその日まで
毎日薄め続けてあげるわ。

てかさ「死ぬ死ぬ」いう前に
ちゃんと生きたか?ってことよ。

浜辺みなみと何年も付き合って
SEXしまくって最後腹上死したか?
乃木坂メンバー全員と毎晩取っ替え引っ替え
Hしまくって、もうお腹いっぱい幸せです!
までいったか?

君が死ぬ理由、チープすぎひんか?
勿体なくないか?
最後、拍手喝采浴びた?
チェッカーフラッグくぐったか?
何より満足いく人生やったのか?

生きてもないくせに
死ぬなんて思う権利なし!
贅沢すぎるわ。
今の世の中、お金ないならないなりに
最後はなんとかなるシステムやねん。
だからまずは生きてみたらどうよ?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?