月の妹たち　第一章　～待機～

「みなさん、たとえ月の光に狂わない女の子がいても、驚かないでほしい。
女性たちは、より純粋なものほど深く、より傷ついているものほど強く月に傾倒してゆくのだ。」

①～待機～
遮光カーテンを引いて閉ざされた部屋は濃い闇を宿して、
アラビア数字をあしらった大きな金色の置き時計が午前一時十七分を迎えようとしていた。
同じ型のベッドがふたつ、壁に沿って同じ方向に並べて置かれ、
窓際のほうにはピンクの上掛け、そのすぐ隣には、水色の上掛け。
ベッドの間は大人がひとり横ばいで入れるほどの隙間しかない。
水色の掛け布は小さな膨らみを残してもぬけの殻、
ベッドサイドのか弱い電球が照らし出す世界には、小さな女の子と、もう一回り小さな女の子とがふたり、
ピンクのベッドに顔を寄せ合って寝転んでいる。
つい一時間前まで灯っていた廊下の電灯も消され、家中のすべての明かりが消えているのに、
そして、この街全体がひんやりと意識を失っているというのに、
ふたつのベッドの間に置かれた色ガラス製のランプシェードだけが、
妖しい光を密やかに保ったまま、ふたりの女の子を見守っている。
少女たちは、傍目には眠っているように見えて、その実、意識ははっきりとつながっていて、誰にも知られずに会話をしているのだった。
それは、テレパシーの一歩手前、姉妹の頭上に浮かび上がるのは、ひとつのある愛の物語だが、それを語っているのがどちらかというのは見分けがつかない。
なにせ彼女たちは、厳かに身体の重みをベッドに委ねているし、柔らかな枕に沈んだ小さな頭は、眠る仔犬のようにしっとりと熱を帯びているのだ。
しかし、眠ってはいない。
寄せ合った顔を天井に向けて、ランプの差し出す、
「変わらぬ忠誠」
ともいえる明かりを、じっと見つめているのだ。
くっきりとした二重まぶたが四つ、虚空に向かって何かを唱えている。
ママがおやすみのキスをしてくれた後、空白の２時間半をふたりは息を殺して記憶している。耳の感覚が日に日に研ぎ澄まされていって、いまでは、どんな物音も小さな悲鳴も聞き逃さない。
そして、部屋の扉の一番下から漏れてくる一筋の光がふっと途切れる午前０時頃、やっと静まりかえった暗がりの中で、彼女たちは蠢きだす。
ねえ、遊ぶ？うん遊ぶ。何して遊ぶ？いつも通り。
いつも通り？いつも通り。
真夜中に動き出すおもちゃのように、その始まりは物憂げで、それでいて口調には疲れ果てているとは思えないほど、有り余る渇望が見え隠れした。
「愛し合うのよ、愛し合うのよ…。」
夜の精霊がささやく微細な声も、よく聞こえる。
胸の中には、真夜中に深い森の中を目隠しをして彷徨い歩いたような、生々しい傷跡があって、それを、年長の女の子は痛みとして受け止めることができたが、まだ幼い女の子は呆然とするばかりで、なにもわかっちゃいない。
だから、二人は今日も最高に幸福な夢を唱える。
ふたりはひとりっきり。
この広い夜の中で、ひとりっきり。