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月の妹たち 第八章 ~密売~

秘密という言葉が、自分の口をついて出たことで、女は色めきたっていた。老婆が全面的に同意するように微笑んだのを見たことで、だがが外れる予感がした。
秘密なら、わたしの十八番(おはこ)、わたしの専売特許、わたしの核心であり、わたしの別の呼び名。
女は今はもう薄れてしまった疚(やま)しさを、記憶の彼方から呼び寄せてみる。
初めて身体を売ったのは、誰を相手に、どのタイミングだっただろう。自ら納得して抱かれてきたと思い込んでいたのに、どこか冷たい魚みたいだったのは、なぜなんだろう。
女は自分の売春癖を自覚していた。
好き好んでこの世界に足を踏み入れた訳ではなかったが、不思議と違和感はなかった。
ある日、恋人とおぼしき男とことが終わったのち、枕元に2万円が入った封筒が置かれたのだ。
自分の後ろ姿に値札が張り付いたのを、女は時間差で知ることになる。こうして女は、ショウウィンドウに並ぶ物言わぬ商品の仲間入りを果たした。
女はそのことについて悲しんだり憤慨したりすることから遠く離れていた。
ただ、馴染んだのだ。
ベッドサイドのテーブルに見慣れぬ封筒を認めたとき、核心を突かれたと思ったのが正直なところだ。女は封筒の中身を確かめると、ほっと一息ついて、それを下着の入った引き出しの奥に素早く滑り込ませた。
しばらくその金には手をつけなかったが、ある日、二度目の封筒が枕元に置かれたとき、もういいかって諦めたのだ。女はその日、引き出しにしまった封筒の中身を財布に忍ばせ、生活費の足しにした。
一度、手を染めてからは、早かった。
女と寝たがったほぼすべての男と、束の間の逢瀬のあと、女はしっかりと自分の値段を公表してみせた。商売女ということで責められたことは、まだ数えるほどしかない。
暗くて、後ろめたくて、湿気(しっけ)ていて、なんて自分にお似合いなんだろう。
女はあるときは、昼下がりから、あるときは夜半すぎまで、そうやって金を稼ぐことで生活してきた。
そして、無意識の殺意に侵されて過ごしてきた。
「秘密だよ。」
昼間の追放者、日陰への逃亡者、月明かりの中でしか、息ができない者。
おかえりなさい、青い夜の住処へ。

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