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水色の雲梯



その子は水色の雲梯(うんてい)の上にぽつんと座っていた。
2時間目と3時間目の間の20分休みに、どこからともなく現れて、見晴らしのいい場所から空を見上げていた。
そして、予鈴が鳴る前に女の子は居なくなっていた。
その子は、名前をレイラと言った。
授業中だというのに、職員棟の廊下を歩いていた。
足音を消して歩いていた。
そして、突如、職員用のトイレに入ったきり、終業のチャイムが鳴るまで出てこなかった。
レイラは、昼休み、二階の角にある音楽室にいた。
そのベランダにいた。
真下には、大きな樫の樹が立っていて、レイラのいるベランダへ、大きく枝を伸ばしていた。
レイラは、ポケットから目薬を取り出して、両目から涙のようにそれをしたたらせると、ベランダを乗り越えて、樫の樹の枝に乗り移った。
「だれか、助けて!」
レイラが助けを呼んでみても、誰もが遠巻きに指を指すばかりだった。
先生も両手を腕組みしたまま、頭を左右に振っている。
男の子たちが、意地悪く囃(はや)し立てた。
「嘘つき女が泣き真似しよる」
結局、担任の女教師が梯子を持ってきたところで、レイラはスタッと猫のように樫の枝からと飛び降りると、梢の向こうに消えて行った。
レイラは、気がつくとまた雲梯の上にいた。
さみしげに背を丸めて、爪を噛んでいた。
次の日は、幽霊を見た話でもしてやろうか。
数えてみれば、いくらでも嘘が沸いてきた。
想像してみれば、自分がなんにでもなれた。
そして、何にも傷つかないふりができた。
生きるってなんて頼りないのだろう。
死ぬまでずっと宙ぶらりん。
雲梯みたいに宙ぶらりん。
そのとき、女の子がやってきて、雲梯を登ってきた。
「なんであんなことするん?」
「楽しいから。」
「まだ誰にも言ってないの?」
レイラはしばらく黙ってまっすぐに遠くを見ていた。
「言ったら本当になる」
「妹死んだの、本当やないの」
女の子が言い終わるか否かのところで、
レイラは雲梯の梯子(はしご)を掴むと、勢いよく一回転して、綺麗に地面に降り立った。
「あんたが言ってもええよ。」
彼女はそう言い残すと、男の子たちが放課後のサッカーをしている校庭のど真ん中を突っ切って、全速力で駆けて行った。
「わたしが言えるわけないのにな。」
女の子はそう言うと、すーっと足元から透明になり、夕闇の中に溶けて行った。
レイラは明日、雲梯での話をするのだろうか。
いや、おそらくしないだろう。
また雲梯に登って、空想の女の子を呼び続けるのだ。
生きるって、死ぬってなんなのか、その不思議にとりつかれたまま。







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