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伊東の思い出2021冬 ~非日常フルコース~

旅館の玄関を出てはじめて、建物のすぐ先が海だったことを知った。ゆうべ到着した時には真っ暗で、周りに何があるかもわからないどころか、できればコンビニに寄ろうなんて考えていたのにそれも見つけられなかった。

朝の風景を名残惜しく感じる間もなく、年下の友人と駆け足で駅を目指す。在来線の伊東線ののぼりは、次を逃すと45分ほど待たなければいけないらしい。

久しぶりのダッシュ、空気を胸に出したり入れたりするのが少し痛いけれど気持ちよい。自分一人なら45分待ちを選ぶだろうこの状況で、「乗る!」という友人の決断に合わせて動くのもなんだかおもしろい。

間に合うかしらと心配だったが、ダッシュが効いたのか、列車の到着と同じタイミングで改札向こう側のホームにたどり着いた。伊東の町を走るには、ダウンコートは暑すぎた。

東京駅から「こだま」で40分。熱海で在来線に乗り換え、30分。JR東日本と東海の変わり目にあたる伊東に、知人の営むバーがある。

北京で何年も経営していたお店を閉じて日本で生活を始める、ということを知った約3年前は、お顔を拝見したこともなかったのだが…、SNSで言葉を交わしているうちに、ながいこと知り合いをしているような感覚になっている。

やっとコロナも落ち着いたらしいので、オープン後一度目に訪問した際のメンバーでの再訪を企画、というか誘ってもらった。一緒に行ったのは、上海や北京に生活したことのあるふたり。共通項はそれくらいで、まあ性別は同じだけれど、やっていることや家族構成やそのほか関心領域なんかは違う。

中国住まいを楽しんできたメンタリティとビジネスセンスで、お二人とも事業を取りまわしていて、まぶしく感じる。光と影はあるんだろうけれど…久々の再会で根掘り葉掘り聞くことでもないよなあと思って、その場での思いつきをたくさんはなしたり聞いたりした。友人とお酒を飲む、というのはそういうことだと思うから。

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バーのお料理は、私が来るのを待ってご用意いただいた。お待たせして申し訳ない。子供の用事をどうしても済ませたくて、一人だけ遅れて参上してしまった。

東京からここまでの2時間なんてあっという間、と思っていたものの、2回の乗り換えと30分前後の乗車時間は、都内生活に慣れた自分にはもはや十分長かった。

東京駅構内で、友人が最近結婚したことを思い出し、新幹線の待ち時間であれこれと探す。あまり値が張らずに、大きな存在感もなく、でも家族と暮らしているなと感じる瞬間に、私の渡した何かがあるといいなと考えて。

最初は箸を考えたけれど、結局、箸置きにした。鳥を一つ、笠間焼の四角いものを一つ。笠間焼は私の育った茨城の工芸品なので愛着がある。

もう一人の友人にもお土産。日々やることがたくさんある様子だから、あったかくて甘い飲み物ができる粉を買う。久々に会う人に何かちょっとしたものをあげるというのは、大学生時代の女性友人たちに教えてもらった幸せな習慣の一つだ。コロナがあって余計に、そう思うようになった。(会わない人にはわざわざあげないから…)

どちらもかさばらないし、我ながら良いチョイス。なんて心の中で自分を褒める。シャラのみなさんにはハッピーターン、東京限定パックを。

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本当は終電で帰ろうと思っていたのに、決断を貫くことができず宿をとることにする。すでに宿をとっていた友人が「ここがいいと思う」と素敵な旅館を教えてくれたこと、一緒に帰る予定だった友人が「自分も泊まる」ということで、にわかにテンションがあがってしまったのも理由だと思う。

ひろいゆぶねに、肩や足の疲労がほぐされそう、などと考えて、胸の中に広がる幸福感を味わう。

旅館はネットで見ると満室だったが、電話を入れると運よく一部屋あいたところだとのこと。あまり若くはなさそうな声色、そして酔っている自分をふまえて、はっきりゆっくり話すよう注意した。予約を完了。

いますぐにでもお風呂に入ってだらだらしたいと考えるけれど、それも店主に失礼な気がしてそわそわしながら会話を続ける。

0時。さすがに眠いし、旅館の方をお待たせしてはならないと考えてえいやっと席を立つ。スマホで地図を見ながらすすむ。初めて歩く道だからか目的地を遠くに感じるけれども、画面が示す所要時間どおりに到着した。

温泉の興奮をおもうがまま友人と語り合って深夜1時就寝。「私いびきかかないから安心して!」という意味のことを伝えられ、なんだかほっこりする。他人と一緒に眠るなんていつぶりだろう。

朝は、ハンドクリームを顔に塗って、パウダーをはたいて、持ち歩いているリップと眉描きで顔をととのえた。

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▲朝、撮影

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熱海に向かう電車の窓からは、ずっと海が見えた。昨日通ったとき、真っ暗なガラスの向こうには海があったんだな。駅ホームのすぐそこに生い茂る木の葉の色がくっきりしているように感じて、私の育った茨城よりも南なんだなあと考えたりする(思い込みかもしれない)。

私、昨日酔っ払い過ぎてなかった?と東京弁に染まり切らないトーンで友人がたずねてくる。そんなことないと思うよー、とかえす。私は最近、飲みすぎるのが嫌でお酒の席でも2~3杯飲んだらもうウーロン茶を飲むことにしてるんだ…ということを話したかもしれない。昨日に引き続き、思い付きだけで進む会話にほっとしている自分がいる。

それでもちょっと昨日は飲みすぎたなあ、などと思う。ワイングラスに日本酒を注いでもらっちゃったからなあ、というかそうだ、新幹線でもビールを飲んだんだった。

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思いつきで温泉を楽しみ、宿泊し、走り、会話をし、朝マックを食べて帰る。どれもこれも特別、でもきっと一人じゃこんなにきらめいてはいなかった。

友人と東京駅で別れる。手を振り、私は昨夜来た道を逆向きに戻る。早く服を洗いたいなと考えながら。

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