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【百人一首鑑賞】瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院

■瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院

(詠んで味わう)せをはやみ いわにせかるるたきがわの われてもすえに あわんとぞおもう


百人一首77番目の歌

完全に暗記していない私でも、なんとなく記憶に残っている歌です。確か川の流れを人に例えているそう、擬人法だったように思うのですが…。なんとなく激しい恋の歌の様に思います。とにかく、百人一首は恋の歌の多いこと!というよりは、恋こそ歌の良い種となるのでしょうね。

■現代語訳

川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた滝のように急流が2つに分かれる。しかしまた1つになるように、あなたと離れていてもまたいつか再会したいと思います。

■語句解説

・瀬…川の浅瀬

・せかる…せき止められる

・逢はむとぞ思ふ…「水がまたひとつに合う」のと「別れた男女が再会する」の2つの意味をがある。

作者、崇徳院という人

鳥羽天皇の第一王子。歴史の教科書の方でこのお方、よく知っています。保元の乱(1156年)で失脚し、讃岐に流され不幸な晩年を過ごした人です。2012年の大河ドラマ「平清盛」では俳優の井浦新さんが演じていらっしゃいました。このころの朝廷の親子関係男女関係はドロドロで、崇徳も生まれたときから「実は白河法王の子ではないか、、、」と噂されていたとか。父の鳥羽天皇(三上博)と母、待賢門院多璋子(檀れい)との関係も良好ではなく、その隙に美福門院得子(松雪泰子)に入られ権力は得子の手に。其の揚句、皇位継承権もはく奪された崇徳…。ドラマを見る限りただただ、かわいそうなお方でした…。

崇徳院と聞いて驚きのうっとりする和歌

作者の運命は一度脇に置かせていただいて。この和歌の素敵なこと。別れてもまた会いたいと思うという気持ちを川の流れに例える奥ゆかしさ。こういうような愛の告白を受けたら、心があったかくなって、ずっとあったかい気持ちが続くような気がします。現代ではもう、このような愛情表現は皆無なのでしょうが、それでも憧れはありますね。

讃岐に流され晩年を過ごした崇徳も、きっと、また会いたいと思った女性がいたことでしょう。自分の作った歌に癒されていたのでしょうか。

「逢はん」とぞ、思う。

「ん」は意志を表し、ぞも強調です。さらに思う。私は崇徳の切ない気持ちをこの上ないほど感じます。

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