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行為資源と空間の組み立て2(行為の資源Ⅶ)

 前回の終わりに述べたように、ある建物について、その各部屋の性格の違いは、それらの使われ方に直結します。それでは、各部屋は、何によって性格付けられ、どんな使われ方に結びつくのでしょうか。部屋だけでなく、屋外も含めた空間一般に考えを広げて見てみましょう。

4)空間の性格と『行為資源』

 空間の性格には、大きさや面の状態のように、その空間を成り立たせている要素自体から決まるものもあれば、それを取り囲む環境や隣り合う要素など、何かとの関係から決まるもあります。

 A:大きさ

 廊下はだいたい細長いものですが、歩いていて肩が壁に当たるほど狭くはありません。しかし、広くもないので歩く以外はほとんどできません。それは、廊下が歩くのに過不足ない幅をしているからです。だからと言って、その空間が廊下にしか使えないかと言ったら、そうでもありません。壁面を本棚にしてちょっとした書斎にしたり、小さな絵を掛けてミニギャラリーにしたりと、廊下以外の使い方もあり得ます。10cmでも15cmでも幅に余裕があれば尚更です。このように、ある行為に丁度良い大きさがあったとしても、その大きさはその行為にだけ丁度良いわけではありません。また、行為の大きさ自体も使い手の工夫次第で大きくしたり小さくしたり自由が利きます。空間の性格にまつわる大きさは、床、壁、天井の長さや高さや面の広さ、部屋の気積量など、さまざまです。

 丁度良い廊下の幅は、身体の大きさや日頃持ち運ぶ物品の大きさなどから、住宅ならこれくらい、病院ならこれくらいとだいだい決まってきます。これは、廊下の幅が、歩く、運ぶといった行為を生む身体の大きさと相関性が強い大きさだからです。一方、相関性が弱い大きさには、当たり前とされる大きさはなくなってきます。例えば、リビングはくつろぎ方や置かれる家具もそれぞれなので、廊下ほど当たり前と言える大きさはありません。


 上図は、建物の真ん中に螺旋階段があり、それに沿って小さな床がぐるぐると60cmずつ登っていく小住宅の断面パースです。各床は、単純な規則で並べられ、階段や上下の床との位置関係、天井高(最上階除く)は共通しています。違うのは、間口と奥行き、建物全体の中での位置関係です。それらによって、それぞれの床で生まれやすい行為は変わってきます。各床は部屋というには小さく、四畳ほどもありませんが、暮らしに必要な生活行為はだいたい満たすことができます。例えば、廊下のように細長い床はキッチンとなり、その上段の床はテーブルセットを置くのにも十分な大きさをしているのでダイニングとしています。現在進行中の使われ方は、暮らしに必要な行為をそれぞれの床に当てはめた、ひとつの組み合わせに過ぎません。そのため、これとは異なる組み合わせで使われても構いません。さらには、住宅という用途を失ったとしてもそれらの違いに新たな使い方のきっかけが現れます。そのため、設計時にはギャラリーやカフェになった姿も思い浮かべていました。

 B:面の状態

 私たちの暮らしは色んな面に囲まれています。床面、壁面、天井面、そして家具や身の回りの品々も平面や曲面から成り立っています。また、一歩外に踏み出せば足元には地面があります。そこが芝生ならごろごろもできるでしょうが、砂利だったら痛くてそんなことはできません。このように、面をつくっている素材によってそこで生まれる行為は変わってきます。今の話は、面の触覚的情報が直接、行為を促す例でしたが、視覚的情報が見る人にある印象を与え、それが行為を左右することもあります。例えば、壁に塗られたペンキの色は、その印象が行為に作用します。真っ白く塗られた部屋と真っ黒に塗られた部屋では、好ましい使い方は違ってくると思います。また、ひんやりとした大理石、ぼそぼそとした土壁など、触らずとも見ただけで、触った時の記憶や経験を呼び起こし、行為に影響を与えることもあるでしょう。

 また、ある面に太陽の光や照明の灯りが当たると明るくなりますが、これも面の状態のひとつと言えます。薄暗い中に小さな灯りが灯された部屋にいて、本を読もうと思ったら、灯りの下に移動すると思います。床や壁の仕上げは、混ざることなくあるラインで切り替わりますが、明るさは徐々に変化して空間に斑(むら)をつくり出します。そのグラデーションの中にも人は行為を見い出すことができます。

 上図は、ばらばらの形、ばらばらの仕上げをした幾つもの部屋が片流れ屋根のヴォリュームに詰め込まれた住宅の、各部屋を一覧に並べた図です。ナチュラルウッドの寝室、白く塗られたダイニングキッチン、ダークウッドのリビング、グレーに塗られた離れテラスなど、ばらばらの素材や色で各部屋が仕上げられています。素材や色によって呼び起こされる印象は人それぞれです。例えば、明るい色であれば活動的な印象を、暗い色であれば落ち着いた印象を持つ人が多いだろうと思います。しかし、必ずしもそうでない人もいるはずです。そのいずれにしても、素材や色に違いがあればそれをきっかけに異なった行為が見出されます。また、中2階の和室は床面を畳としており、座位で過ごすことになるため、立てないくらいの天井高さで良しとしています。これは、面の状態と大きさの重ね合わせで部屋を性格付けている例のひとつです。

 C:環境

 今いる部屋に窓があれば、その向こうが道なのか庭なのか建物なのかで、その部屋の使われ方は変わってきます。その隣にどんな部屋があるかでも変わってきますし、方位によっても変わってきます。つまり、部屋の性格は、そこが何と隣り合っているか、どんな環境に置かれているかでも変わってきます。方位について慣例的には、陽当たりの良い南側に日中の滞在時間の長いリビング、陽当たりの悪い北側に長居しない水回りを配置することが多いかと思います。南の採光は気持ちよいですが、だからと言って、北側がネガティブな場所ということにはなりません。何かとの関係(ここでは太陽との関係)を良い悪いだけの単純な見方で判断してしまうのは、空間を「道具」化することになり、そこに潜む豊かさを摘み取ってしまいます。悪者にされやすい性格も公平に、行為を見い出すためのきっかけとみなすのが『行為資源』です。

 先の図のクリーム色をした一番大きな部屋、ダイニングキッチンは家族団欒の場で、ここでの暮らしの核になっています。キッチン作業台を兼ねた大きなテーブルがどんと置かれた天井高3.8mの部屋ですが、採光窓は北面の高所に大きく設けてあります。ここでは、「道具」になりがちな方位を行為の「資源」として取り戻そうとしています。北面の窓は、太陽の光が直接は入ってきませんが、高所に大きく設ければ明暗差のない優しい光が降り注ぎ、静かで落ち着いた空気に満たされます。それにより、南側の部屋にはない、穏やかな滞在体験を提供します。北面採光は、美術館やギャラリーなど、美術作品を鑑賞する場でも頻繁に使われる採光手法です。さらに、壁面、天井面を真っ白でなくオフホワイトに塗ることで、色によっても穏やかさを演出しています。

 D:動線

 玄関扉を開けたその先は玄関かもしれませんし、いきなり何かの部屋かもしれません。いずれにしても、そこは家の出入りの際には必ず通る場所になります。同時に、外に最も近い場所でもあります。そのため、外の人を迎え入れたり、家族が集まったり、自転車や鉢植えなど、外のものを置いたりと、それに見合った使い方が生まれやすくなります。さらに建物の中を進んでいけば、そこから近いのか遠いのか、通路を兼ねた場所なのか動線上の突き当りなのかで、各場所の使われ方は変わってきます。また隣り合った部屋同士も、直接行き来ができるのか、行き来はできず壁を介して隣り合っているだけなのかで変わってきます。つまり、各部屋、各場所は動線上のどこにあるかで、その使われ方が変わってきます。住宅なら、動線次第で家族と顔を合わす機会の多い場所も少ない場所も生まれます。それをきっかけに、みんなが集まる場所、プライベートな場所という使い分けが発生します。

 動線の中でも階段は大きな存在です。上の階、下の階に行こうと思えば必ず階段を通ります。動線が一度ここに集約されます。そのため、階段とどんな位置関係にあるかで、その場所の使われ方は変わってきます。また、階段の段々状の形は、昇り降り以外にも、座る、物を置くなどの行為も生みます。そしてそれらは階段周りにも影響を与えます。例えば、階段に腰掛けた人を囲んで、その周りにみんなも集まってくる光景も珍しくありません。
上図は、先に挙げた住宅の階段とその周りを取り出した図ですが、この階段には、階段に潜む『行為資源』を生かした色んな行為がまとわりついています。階段2段目は、腰掛けるのに丁度良い高さをしているため、あえて広い段として、ベンチとしても使えるようにしています。また、階段下は大小の日用品が納まる収納としており、ダイニング側に物の出し入れや飾り置きという行為が生まれます。それから、階段は空間を上下にまたがる要素でもあるため、いる高さの違う人同士の視線のやりとりなど、上下にまつわる行為も誘発します。階段途中にある円盤の隙間は、昇り降りする人と、下のリビングでくつろぐ人との、視線や気配のやりとりを促します。

5)形の規則性と『行為資源』

 上に挙げた2つの住宅に共通するのは、どんな住宅かを一言で説明できることです。ひとつ目は、螺旋階段を中心に小さな床がぐるぐる昇っていく住宅、ふたつ目は、片流れ屋根のヴォリュームに色々な形や素材の部屋が詰め込まれた住宅です。このように一言で説明でるのは、形の規則性がはっきりしているからです。使い手(施主)に求められた使い方をそのまま組み上げただけではそうはなりません。求められた使い方を下敷きにしながら、検討を進める中で見え隠れする形の規則性を掬い上げ、それを丁寧に育て上げた結果です。そして、場所毎に性格の違いが多彩に生まれるよう整えます。そうすることで、各場所とその使われ方が、“1対1”の関係から引き剝がされ、 “1対多”の関係、つまり、『行為資源』になっていきます。つまり、形にはっきりした規則性があることが、その建物の使い方の幅を広げる、言い換えると、行為の資源性を高めることにつながります。逆に、使い手側からみると、この場所はこのように使って下さいと、建物側に押しつけられるのでなく、日々の工夫や見直しにより、使い方を自分なりにアレンジもできるし、新たな使い方も発見できるようになります。このように、建物が使われ方の幅を広げ、使い手は使い方自体の幅を広げるという共犯関係が生まれます。

 ここでひとつ気を付けなくてはならないのは、これまでの話だけでは、使い手から自由な使い方を次々と引き出すのは難しいということです。それだけでは、使い手にとって取り付く島のない空間に過ぎず、自由な使われ方も、設計者の夢物語で終わってしまう可能性が大です。そこで必要になってくるのが『直接行為資源』です。そのままでも、行為の感度が高く、型に囚われない子供達だったら十分かもしれません。しかし、我々大人は空間においても「道具」に慣れ過ぎてしまっているため、自主的で自由な行為をなかなか発動できません。あの頃の感覚は錆びついています。そのため呼び水が必要です。それが『直接行為資源』です。建築の形の規則性は『間接行為資源』につながりますが、『直接行為資源』は人の体勢や単純な行為など、身体の法則性に訴える『行為資源』です。『直接行為資源』の考察や、『間接行為資源』との関係については、また別の機会に考えてみたいと思います。

『直接行為資源』と『間接行為資源』について

 以上、2回にわたり、『行為資源』と空間の組み立てについて考えました。次回からは、『行為資源』に馴染みのありそうな方々との対談を通して、『行為資源』についてもっと考えを深めていきたいと思います。

図版

1枚目
ジュッカイエ(2009年竣工)
参考URL: http://point-tokyo.jp/archives/94
掲載:新建築住宅特集2009年8月号
 
2,3枚目
マルサンカクシカクイエ(2011年竣工)
参考URL: http://point-tokyo.jp/archives/485
掲載:新建築住宅特集2013年4月号

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