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行為資源とアフォーダンス2(行為の資源Ⅴ)

 『行為資源』に関して、前回はアフォーダンス理論との関係について述べましたが、今回は身の回りの例を通してその特徴について考えていきたいと思います。

1)自然と土木

 『行為資源』は、使い方が明確に決められている「道具」でなく、使い方が決まり切っていない「資源」状態の物や空間を指し表します。身近な例を挙げるにあたり、私たちの暮らしは「道具」に囲まれてしまっているため、少し外に目を向けてみます。

 ひとつは自然です。樹木は、日光をたくさん浴びるため枝葉を広げ、強風に耐えるため根を広く張っています。樹形はそれらの効率を上げてきた進化の結果です。しかし、そんな都合とは関係なく私たち人間は、登る、枝の上を移動する、日差しや雨を遮る、幹に寄りかかるなど、様々な使い方を見いだすことができます。また、鳥は枝々に巣をつくりますし、樹洞を住処にする生物もたくさんいます。それぞれで見出される使い方は、観察者(人間や鳥)の性質に依るものでもなく、対象(樹木)に予め備わっているものでもありません。それは、「観察者との関係において決まる対象の特性(*1)」です。

樹木にてラフ

 もうひとつは土木構築物です。例えば、土手は、駆け上がる、滑る、寝そべる、座るなどの使い方ができるため、子供たちの格好の遊び場です。しかし、土手はそれらのために丁度よい傾斜をしているわけでも、芝生で覆われているわけでもありません。治水という明確な役割を果たすものとして、構造的経済的に、また管理上、合理的な姿をしているだけです。土木構築物は、必要とされる特定の機能に特化している点では究極的な「道具」です。しかし、私たちの日常的な使い方とは無縁にデザインされているため、私たちが自由に使い方を見つけられるという点では、行為の「資源」性が高いとも言えます。堤防ではその上を歩いて進んだり、座って海を眺めたり、寄りかかったりできますし、河川敷のバーベキューでは橋の下が夕立の避難所として役立つこともあります。このような行為を私たちは日常生活の中で無意識に行っています。このことは、それらを見いだす力が私たちにはだれでも備わっていることを意味します。

堤防にてラフ

 このように、本来の機能とは関係の無い使い方を見いだすことができる点で、自然と土木は似たもの同士だと言えます。これらには『行為資源』のヒントがたくさん眠っているはずです。

2)家具と『行為資源』

 『行為資源』について、暮らしの中で示唆を与えてくれるものに家具があります。椅子についてみてみましょう。
 椅子は、座面の高さや広さ、背もたれの有無、重さ等にそれぞれ特徴があります。例えば、1人掛けの座面を横長にすれば、複数人で座れるベンチになります。そうすると、隣同士でおしゃべりしたり、1人掛けには見られないコミュニケーション行為が発生し得ます。1人だけで座る時には、座面の上で脚を伸ばしたり、寝転がることができるようになります。更に背もたれを無くしたり、深さ方向も広げれば縁台としてテーブルも兼ねるなど、使い方の幅はもっと広がります。家具は使い方が決められた「道具」ではありますが、色々な行為が生まれ得るという意味での「資源」性は、高いものから低いものまで様々です。

ベンチにてラフ

 また、椅子自体の特徴だけでなく、置かれる場所、つまり周囲との関係によっても行為の「資源」性は大きく変わってきます。例えば、ベンチを公園に置くことになったとします。ベンチを建物の外壁や塀を背にして置く場合には、背面の環境が遮断されるため、周りから干渉されにくい状況をつくることができます。一方、周囲に何もない所にぽつんと置くと、後ろから知り合いが近づいてきて声を掛けられたり、抱きつかれたり、目隠しされたりと、背後とのコミュニケーションが発生する可能性が出てきます。座っている人は振り向く時、背もたれを肘掛けに利用することもあるでしょう。このことは、同じベンチでも置かれる場所によって、ベンチ自体やその周囲で発生し得る行為の幅を広げられることを示しています。

ベンチと置かれ方ラフ

 また、ベンチを室内に置く時には、窓が正面、背面、側面のどこにあるかで座った時の明るさの具合が変わってきます。それにより、開いた本の紙面が見やすいか、横に座った相手の表情がきれいに見えるか、昼寝のため横になって目を閉じた時に心地よいか等、そこで何がしやすいかの情報が違ってきます。また、リビングやダイニングを背にして配置すれば、他の家族が目に入らないけれど気配は感じられる等、家族のコミュニケーション行為に変化を与えることができます。このように、家具は、それ自体のデザインに手を付けずとも、置く場所を変えるだけでその空間に眠る『行為資源』を目に見える形に定着していると言えます。

 家具は、椅子だけでなく、テーブルや机、ベッドや箪笥など、どれも同様のことが言えます。ここまでの例は置き家具でしたが、造り付け家具は、空間に眠る『行為資源』を置き家具に比べて長い期間、目に見える形にしていると言えます。つまり、置き家具も造り付け家具も、その空間に眠る『行為資源』を顕在化する点では同じですが、その違いはその期間の長短と言うことができます。『行為資源』を仮設的に顕在化するのが置き家具で、常設的に顕在化するのが造作家具ということになります。

3)身体で考える

 それでは、使い手はどのようにして『行為資源』の中からその時々に適した使い方を見つけ出しているのでしょうか?『行為資源』に眠る全ての行為を瞬時に把握し、その中から目の前の状況にベストな使い方を選び出しているのでしょうか?

 アフォーダンス理論にダイナミック・タッチという用語があります。「さわったり、振ったり、押したり、たたいたりして物の変わらない性質をあらわにしているあらゆる身体の動き」(*2)のことをそのようにギブソンは名付けました。

物には、それをつかんで「振る」というような、それにダイナミックにかかわることであらわれてくる性質がある。振り続けていると、変化の流れに、変化にかかわらず「変わらないこと」があらわれてくる。ギブソンは、このように「変われば変わるほどあらわになる」物の不変な性質を「不変項(インバリアンツ)」とよんだ。(*3)

 たとえば、自分の好みのテニスのラケットを探すには、素振りをするなど、振り方を色々変化させて振り心地を確かめます。振り心地はラケットの形や色などの見た目からは分かりません。色々な振り方をした中に、そのラケットに不変の振り心地が見つかります。このように、物にはその物との様々な接触を通してのみ明らかになる類の性質があります。空間においても同じように、模様替えのような大掛かりなものから、座る位置や向きの変化、小物のちょっとした移動まで、大なり小なり使い方を変えてみながら、その時々に適した使い方を探っています。空間も目で見るだけである程度の情報は得ることが出来ますが、そこに自分の身を投じて実際に使ってみなければ分からないことが殆どです。

 このように、私たちは自分の身体で実際に使ってみることを通して、望ましい使い心地を見つけたり、更に望ましい使い心地になるような調整を、意識的であれ無意識的であれ、日々繰り返し続けています。つまり、ある使い方は実際に使ってみたことの延長線上に存在していると言えます。まず一番始めに、試しに使ってみるという行いがあり、その後も使いながら使い方の調整を続けているわけです。歴史を遡れば、有史以前の初期人類も身の回りで入手できる、例えば木の枝を、振ったり曲げたりしてその特性を確認した後に、都合の良さそうな使い方をまず試してみて、それを工夫し続けることで使い方が上手くなっていったことでしょう。そして最後には、枝を道具として加工していったものと想像されます。人間の知性はそこから発達していきました。つまり、ダイナミック・タッチは“考える”ことの始まりです。『行為資源』は使ってみたくなるような表れを意図してデザインされたものであり、ダイナミック・タッチを積極的に促しますが、これは“考える”ことを促していると言い換えることもできます。一方、道具としての空間は、計画された通りに使うことを促されるため、そこに“考える”悦びはありません。

 ダイナミック・タッチを通して『行為資源』に見出せる満足のいく使い方は人それぞれです。そのため、その違いが空間を通したその人らしさの表現となります。それが『行為資源』のひとつめの価値です。しかし、使い方が人それぞれだとしても空間自体に変わりはありません。そこには使い方が違っても変わらない空間の性質、その空間に不変の何かが存在します。空間が使われるずっと以前に、設計者はその空間が色々に使われるだろうと判断して設計を完成させることになりますが、その判断基準となる「色々に使われる予感」がそれに当たります。これが『行為資源』のもうひとつの価値です。このように、『行為資源』には2重の価値があると言えそうが、長くなりましたので、この続きは別の機会に考えたいと思います。

 以上、2回にわたり、『行為資源』に関して、アフォーダンス理論との関係を前編で説明し、後編では、身の回りの例を通してその特徴について考察してきました。家具との関係や、『行為資源』の2重の価値については、機会を改めてもっと深掘りして考える予定です。

*1 J・J・ギブソン「ギブソン 生態学的視覚論 ヒトの知覚世界を探る」サイエンス社、1985年、149ページ。
*2 佐々木正人「知性はどこに生まれるか ダーウィンとアフォーダンス」講談社現代新書JEUNESSE 1335、講談社、1996年、107ページ。
*3 同、106ページ。


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