デザインの仕事をしながら暴行を受けた仲間と向き合う

この瞬間にデザインの作業をしていれば、次の瞬間に難民当事者の仲間から電話がかかってくる。チャットアプリに表示されているプロフィール写真は、母国にいたときに娘と一緒に撮ったであろう写真が表示されている。二人とも屈託のない笑顔が胸を刺す。暴行を受けて顔が腫れあがっている彼の写真は、彼の国のニュース記事に載せられ、インターネット上に漂っている。「明日は日本語教室だよね、よろしくね。前も言ったけど、僕は日本語を習得して仕事ができるようになったら、たくさん稼いで家族に仕送りをするのだ。それではまた明日ね。」当事者とはあくまで日本語教師として接するんだと歯を食いしばり、気持ちをグッと堪える。認定率が極めて低い日本の社会で、希望を捨てない彼の姿勢に胸が張り裂ける思いだ。デザインという視覚的なコミュニケーションが手段として役に立てる機会も探る。悔しがっていてはなにも始まらない。できることを精一杯に。