52話-中村大輔という漢
この頃、私は練習環境を作っていた。
その中ですごく助けになったのは、中村大輔さんが一緒に練習してくれた事だ。
東京に来てすぐに大輔さんが「良かったら練習しないか?」と誘ってくれた。
毎週月曜日わざわざカルペディエム青山まで来てくれて、マンツーマンで練習した。
よくやっていたのは、スパーリング5分×5。
時間的には30分で終わる。
しかし、何とも濃い30分だったと思う。
私は最初、ほとんどスイープも出来ず潰されていた。
受ける能力がとても強かった。
鋼の様な足腰で私を潰し、巧みなバックコントロールでよく襟締めを取られた。
かと思えば、下からのスイープも強く、50/50も上手く、何でも出来た。
一点突破型の私とは違い、技のバリエーションの多さに幾度も驚いた。
その1週間に、1回の練習を練習試合として、大輔さんとのタイマン勝負だと思い挑んでいた。
土曜から疲れを抜き始め日曜はオフ。
そして、月曜に全力でかかっていった。
私が工夫し、新しい技を出してスイープしたりパスしたりすると、次の週には対策を考えて来て逆襲された。
私にとってはこの練習が週で1番キツかったが、楽しくもあり1番地力を伸ばしてくれたと思う。
片足タックルやスクランブルの攻防になり、壁に激突した大輔さんに、
「あれは場外逃避だから2ポイントだ!」とか、
「時間間際にスイープで尻餅ついたからアドバンテージだ!」
「いや片膝だったから無しだ!」
とかよくギャーギャー言い合いをした。
優しく強い良き先輩だった。
全日本マスターで大輔さんとアマゾンさんが試合した事があった。
全日本マスターなのに、紛れもなく当時の日本人最強決定戦だった。
その後に、アマゾンさんと大輔さんと僕とで3人でカルペディエム青山で練習したこともあった。
私はその中で練習出来ることが嬉しかった。
大輔さんはよく、
「いつかお前が日本で一番になる時がくるんだから」
と言っていたが、実際そうなれたかは分からないが、それを励みに世界や全日本を戦う事が出来ていた。
その練習は、大輔さんが今の道場「Pato studio」を出すまで続いた。
一度、私が偶然ギロチンを取り自信がつきギロチンばかりやるようになった。
大輔さんから取れたら誰でも取れると言うのは自信になった。
ちなみにそれは技と呼べるようなものではなく、首を折るつもりで捻ると言う凶悪なものだった。
もちろん、大輔さんだったからやったと言うのが大きいが今はもう使っていない。
またいつか練習したいものだ。