見出し画像

51話-敵は一人ではない

私の三度目のヨーロピアン選手権は予想外の結果になった。

1回戦はカイオテハの所の選手に5-0で完勝。

2回戦に強敵が立ちはだかった。

前年の茶帯の世界王者、天才と言われたマーシオ・アンドレが相手だった。

黒帯デビュー戦だったにも関わらずシード枠に入っていて今大会優勝の呼び声が高かった。

私は絶対に喰ってやると言う気持ちになっていた。

誰もが私の事をただの咬ませ犬と思っていた。

試合が始まった。

私はすぐに引き込んだ。

そしてハーフガードを作ると

マーシオは低い体勢を作り

頭から突っ込んだパスで圧力を掛けてきた。

頭を私の顎下に突き入れて来て

マーシオの剃り上げた頭が私の顎を削った。

私はそのパスの対策として

右手で相手の襟を握り

脇の下に突っ込み数センチのスペースを作った。

そして組み手争いになりその瞬間、

マーシオがニースライスを混ぜて来た。

膝の角度が鋭いニースライスで

私の足からマーシオの足が一瞬抜けた。

しかしエビして戻したら脇を差されそうになった。

私は二重絡みを使い少しだけスペースを作り差し返し、

その重心のズレを使ってディープハーフまで一気に入った。

マーシオがディープハーフ上でバランスを取る。

かなり安定力があり転がしては上は取れないと判断した。

私はディープハーフからラペラを繋ぎ

更にバランスを取っていた左足の裾を掴み一気に跳ねた。

マーシオがバランスを取って立ちになる。

しかし私の方の作りが一枚深く、

マーシオの体重ごと引っこ抜いた。

そのままクローズドガードになり2点。

会場が騒ついた。

そこからマーシオはスパイダーガードへ。

私は蹴られてる足を一つずつ外しながら猛烈に攻めた。

「これは俺が勝つ?」

「勝てるか?」

「体力はあとどれぐらい持つ?」

「考えるな!行け!」

様々な思考が頭を巡った。

「動け!凌げ!耐えろ!」

私の思考がまとまった。

マーシオは明らかに焦っていた。

私はこのシチュエーションは何度も経験して来た。

必勝の感覚だ。

時間を見ると残り1分を切っていた。

よし!行けると思いまた顔を上げると

電光掲示板が消えていた・・・

すると試合が止まり復旧に15分ぐらいかかった。

マーシオは疲れていたので

休ませたくはなかったがチャンスには変わりはない。

私は絶対勝つ!絶対勝つ!と何度も呟いた。

セコンドのアンドレガウバォンが何かをずっと叫んでいた。

うるせーな。と思いながらやっと復旧。

すると時間が2分30秒になっていた。

何かの間違いかと思ったが、レフリーはそのまま試合を開始した。

私はなぜ?とジェスチャーしたがレフリーは何も言わない。

どちらにせよ2分30秒耐えれば私の勝ちだと思った。

1分過ぎてマーシオが全開で動いて来て50/50に入った。

そして残り1分のところで返された。

それでも同点。

マーシオは守るモードに入りそのまま試合が終わった。





私は勝ったと思った。

しかし、私の手は上がらなかった。

抗議したかったが私は拳をマットに叩きつけた。

うずくまり「なんでや?…」と呟いた。

勝ちきれない自分にも、消えた電光掲示板にも、レフリーにも連盟にも全てに怒りを感じた。

しかしマーシオ・アンドレには不思議と怒りは感じなかった。

敵は相手だけではないのではないかとこの時から思うようになった。

私はこの後も、納得出来ない判定に苦しむ事になるが、この時は不平や不満を感じていたが今はそうは思わない。

国を上げては戦っていない。

あくまでブラジルに競技に則して戦っているのだ。

戦っている私が不満をぶちまける事はできる。

しかし一体それで何が変わるだろう?

更に周りが何と言ってくれた所でそれすら慰めにしか過ぎず改正には繋がらないのだ。

それより私がいつか力を示して勝たなければ、日本はいつまで経っても認められる日が来ない。

「私はいつかこの舞台で番狂わせを起こしてやろう」とその日誓った。

ヨーロピアン選手権は私の中で特別なものになった。

スクリーンショット 2021-11-18 17.26.57


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?