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【感想】HBOドラマ『ザ・ステアケース -偽りだらけの真実-』

あらすじはこんな感じ。

2001年12月、作家マイケル・ピーターソンの妻キャスリーンがノースカロライナ州の自宅階段から転落死した事故。現場の痕跡や彼女の遺体から単純な転落死とは思えない不可解な点がいくつも見つかり、検察は「事件」として現場にいたマイケルを殺人罪で起訴することなる。ピーターソン一家はマイケルの無実を訴えるが、裁判が進むにつれ彼や子供たちの知られざる秘密が次々と明らかに…。
https://www.unext.co.jp/ja/press-room/thestaircase-announcement-2022-10-05

この実話がなかなか衝撃的で次々に新たな真実が明らかになる展開に引き込まれるのだが、実は本作は何か一つ事件の真相が明らかになるというタイプの作品ではない。
なのでスッキリした結末を迎えるミステリーを期待して観ると肩透かしを食らうかも。

むしろそうしたミステリードラマの枠を自ら飛び越えるべく一つギミックを設けている。
感想ツイートにも書いたが「実際にあった殺人事件のドラマ化」という実話モノではなく「実録ドキュメンタリーのドラマ化」
これがミソ。

アメリカで実在した事件の真相に迫ったドキュメンタリー映画『ザ・ステアケース 〜階段で何が起きたのか〜』は2004年に制作され、衝撃続きの内容から、384分という長編ながらも多くの米メディアが高く評価し、後の犯罪ドキュメンタリーの火付け役となりました。
https://www.unext.co.jp/ja/press-room/thestaircase-announcement-2022-10-05

第2話からドキュメンタリーの撮影スタッフが劇中にも登場し、そこから通常のドラマ映像とドキュメンタリー風の映像が組み合わさって構成されるようになる。

ちなみに本物の(?)ドキュメンタリー作品はNetflixで配信中。

これを制作したスタッフ(もちろん本人ではなく俳優が演じていますが)が劇中に登場するという一種の入れ子構造。

そして本作が面白いのは「編集の暴力性」に自覚的であること。
何せドキュメンタリー映画の編集シーンに結構な時間が割かれ、その編集技師に国際的大女優と呼んで差し支えないジュリエット・ビノシュを配役している。

是枝裕和監督の『真実』への出演も記憶に新しい。

本作は殺人事件の容疑者・被告人であるマイケル(コリン・ファース)を主人公に据える形で組み立てられている。
当然視聴者はマイケル寄りの目線で観るので

  • 推定無罪の原則を踏まえるとこの立証内容で有罪にしていいのか?

  • 状況証拠だけで有罪に持ち込もうとしていないか?

  • 検察の陪審員に対する印象操作は酷いもんだ。

といった感想を抱きやすくなる。
(一応マイケルを「信頼できない語り手」とみなせないこともないが、彼が嘘をついていたのは主に自身のセクシュアリティについてであり、それと殺人容疑の否認を関連付けるのはやや早計な気がする)

実際「凶器が見つかってない件は有耶無耶にされたまま有罪判決が出た」「検察側の証人の経歴詐称という不正が明らかになったのに6年かかっても再審が開かれなかった」といった観点から司法制度に関する批評性を備えた作品ではあるので的外れな感想ではない。
しかし本作は同時にそういうテーマに誘導的な作劇をしているということを劇中で自己言及している。

第5話、ある証拠に関する映像をドキュメンタリー映画に含めるかを議論するシーン。
プロデューサーは「有罪判決が出る上で重要な判断材料だったのだから入れるべき」と主張し、監督と編集技師は「作品全体のバランスが崩れる。彼を正確に理解するためには他の会話シーンの方が大切」と主張して議論は平行線。
第5話は事件そっちのけで多くの時間をこのやり取りに割いている。
これは検察が不利な証拠を隠蔽していたという組織および司法制度の腐敗と繋がるモチーフとしても機能している一方で「映像の編集というのはこのように作り手のさじ加減でいとも簡単に印象を変えることが可能なのだ」というメタ的なメッセージでもある。
さらに劇中ではプロデューサーの方が「話の通じない頭の硬い奴」のような描き方をされている点も実に示唆的。
つまり本作を観た印象だけで何かを語るのもまた危険。
鑑賞後に考えたくなる余白を観客に与え、本作に一段深い批評性をもたらしている。

それ以外の演出面だが、硬派で重厚なストーリーを敷いているため基本的に抑えめ。
撮影は暗いショットが中心(とはいえ非常に映画的で素晴らしいというのは大前提)
ただ、ここでも編集が冴え渡っている。

  • 第1話の車3台を連続で撮る摩訶不思議なワンカット

  • 第2話と第8話の時系列をシームレスに行き来する編集

  • 第3話の音楽に乗せた現場再現検証、トレーニング、取り調べのカットバック

  • 第6話冒頭のリズミカルな編集

  • 第7話のドキュメンタリー追加取材と無実調査委員会の聞き込み調査のカットバック

そう、本作は二重の意味で編集の魅力と暴力性が詰まったドラマである。

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