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2003年ヒッチハイクの旅 〜0番線〜 6日目「二人目」

 腕時計はまだ4時を示していた。それは、2時間ほどしか眠れていないことを意味していた。夢の中では、大阪の友人のNと今日会う予定のCがクイズ番組に出ていて、解答者になっていた。
 駅構内では、ピンポーン、ピンポーンという音が鳴り響いていた。それほど大きな音でもなかったが、その音が鳴っていたのに眠れていたのか。
 これ以上眠れそうになかったので、起き上がる。下に敷いていたゴミ袋をくしゃくしゃにして固めて片手に持ち、捨てるところがないか歩いて探すが、なかなか見つからない。歩きまわり、トイレにあった、ゴミ箱に見えなくもないものにそれを捨てた。
 Cが京都駅に来られるのが朝の7時ぐらいだとメールでいっていたので、それまで特にすることがなかった私は、駅をうろつくことにした。
 エスカレーターが止まっているので上まで階段で上がる。京都の街並みを眺める。
 便意をもよおしトイレに行くが、トイレットペーパーがない。幸い、家を出るときに持ってきたポケットティッシュがまだ残っているからよかったものの、「なんもないんかよ京都駅」と思ってしまう。
 普段利用する場所でも、ヒッチハイクしているという立場の人間から見ると、いろいろ気づかなかった点が見えてくるものである。

 今から初めて会うCも、山形で会ったSと同じように、お絵描き掲示板で仲良くなった人で女の人。
 7時30分ごろに来れそうとだということで、駅の裏側に来てくれるようにメールで伝える。そして、マクドナルドの近くで待つ。肩にはカバンをかけ、雨が降っていないのにビニール傘を持ち、右手にはめた腕時計の時間を気にしながら、ケータイを気にしながら待つ。
 何度かメールをやりとりしていて、向こうは大きなベージュの車に乗っていることがわかる。
 そんなんいわれたら、ベージュっぽい車見るたびにドキドキせなあかんのんか。しかも、ベージュって微妙……。どれも、ベージュに見ようと思ったら見える。
〈あれかな、あれもベージュに見えるな。違うなぁ。じゃぁあれかな……〉
 そんなことを思いながら、7時半。一台の、それっぽい車が目の前の柱の向こうに停まる。あれかなと思っていると電話が鳴る。出る。Cの初めて聞く声。柱の影に隠れていると思うと言われる。やっぱりあれか。そして、電話を切る。
〈この人と合わんかもしれん……〉
 声を聞いてそんな不安がよぎった。ネットでの私がイメージしていた感じと違うかもしれない。違っていたらどうしよう……。
 車に近づき、運転席に座っている女の人が視界に入る。お互い顔を確認する。ドアを開ける。
 MDが、がさがさがさっと落ちてくる。
〈うわっ〉
 いきなりのハプニング。MDを片付けて、「初めまして」と挨拶して車に乗り込む。

 な、なにを話そうか……。
 いっぱいいっぱい話したいことはあるはずなのに、ちょこちょこしゃべっては話題が思いつかなくなる。
 う~ん、やっぱり、イメージと違うぞ。ものすごくしゃべりにくい。
 そして、いきなり、いつ帰るかを聞いてくる。早く、帰ってほしいのかな。フィーリングが合わないのかな。
 Cの家のある奈良へとカーナビを頼りに進んでいく。話をする。それしかない。
 しかし、話をしていくうちに、だんだんと、よそよそしさや違和感がなくなってきた。
 緊張もほぐれてきた。楽しくなってきた。
 道はだんだんと山の中へ入っていく。古家に住んでいるというのは聞いていたので、それが納得できてきた。
 私が、ヒッチハイクをしていることは、Cの両親ともに知っているという。ネットの人で、ヒッチハイクをしている男の人がCの家に行くことを知っている。初めに銭湯に向かう予定だったけど、携帯電話を充電したいということもあり、銭湯より家のほうが近いので、まずCの家に寄らせてもらうことにした。Cが親に自分の携帯電話から電話を入れる。私を連れて家に向かうことを告げる。
 民家が密集する地域に入った。
 途中のマックスバリューで、Cは母からの頼みであるじいちゃんのためのお菓子を三袋買って帰る。Cはレジを出るとき「ありがとう」と言っていた。後で、そういうお礼を言ったほうがいいのか、コンビニでアルバイトをしているCに尋ねてみた。そして、それから自分もレジで会計が終わった後はお礼を言おうと思った。
 細い坂道を登っていく。こんなところ車が通れるのかという道を通っていく。
「おつかれさまでした」
 カーナビがそういい、到着。
 家のすぐ前が駐車場になっている。木造の、昔の風土ある家。玄関の扉を開けて案内されるままに中へ。目の前には屏風が置かれていて、上がったすぐ左の和室に入る。そして、そのまた左の部屋で荷物を降ろす。
 一息つく。
 初めはどうなることかと思ったけど、Cとも普通にしゃべることができた。気も緩む。
 薄暗く感じる室内には、窓からやわらかい光が入ってきていた。

 さっそく携帯電話を充電させてもらう。充電するための機器は持ってきていたのでコンセントにつないで放置。
 Cの母と対面。挨拶する。
 不思議な感覚。ネットで知り合った人と、その人にヒッチハイクで会いに来た私、そしてそのことを知っている親。
 奥にじいちゃんもいるという。私が来るというときもじいちゃんともめたらしいので、こんなところで私が声を出してしゃべっていてもいいのかと思ってそのことを聞いたが、耳が遠いので大丈夫らしい。母が、ふすまを半分閉めたらいいと言った意味も理解できた。とりあえず、姿が見えなければいいらしい。
 少しして、じいちゃんがどこかへ出掛けた。今のうちなら風呂に入ってもいいと言う。
 すっかり銭湯に行く気になっていたが、ここで入らせてもらえるなら入らせてもらおう。
 洗濯物もしていってもいいという。それはかなりありがたかった。山形の雨でカバンごと濡れたままの衣類を、風呂場の脱衣所にある洗濯機に入れてもらう。着ていた服も脱いで中へ。本当は、靴も洗えたらいいが、これから出掛けるだろうし洗うのはやめた。
 Gパンを脱ぎ、トランクスを洗濯機に放り入れ、風呂場へと入る。シャンプーもリンスもボディーソープも目のつくところに用意してもらっていた。
 そして、風呂場ですっきりさっぱりして、衣服を着てさっきの部屋に戻ると、Cは寝てたと言う。よっぽど眠たかったのだろう。2時間ほどしか寝てないと言っていたし。

 ご飯を食べにいくことにした。時間的には昼食。
 車をまたも、両脇にぶつかってしまいそうなくらい細い道を通り、下っていく。
 近くにガストがあるという。私がガストに行ったことがないということもあり、じゃあそこでということになった。
 店内に入ると、昼だというのに客の姿がほとんどなかった。Cのおごり。それぞれ注文をし、待つ。
 エアコンの直風が当たるのか、寒いので私とCの場所を交代。ご飯が来た後も、やっぱり寒いと言うと、Cが店員に空調を弱めてもらうように頼んでくれた。ありがたいと思うより先に「店員に言えばいいのか」と思った。なぜか、そういう考えが出てこなかった。寒かったら我慢する、というのが頭にあったみたいだった。
 大きな、テレビかなにかの画面では、地震のことが報じられていた。東北の地震。運がいいのかどうなのか、旅をしていたので、それに遭わずに済んだ。
 ご飯を食べ終わり、真昼の太陽に照りつけられていた車に乗り込んで家に戻る。
 しかし、あまりにも天気がいいので、写真を撮るのを兼ねて車でどこかへ出掛けることにした。家にカバンを置いたままにして、カメラと携帯電話、財布を持って外へ。洗濯物は、母が干してくれたとCから聞く。
 家の周りは木で造られた古家ばかりで、閑かやった。太陽の陽射しが心地良い。その辺りを少し見てまわる。
 車に戻って乗り込み、出発。洗濯物がすぐに乾きそうなくらい天気がいい。

 車を走らせていると、竹取物語のかぐや姫の像が見えた。それを見て私が笑った理由は、その大きさだった。えらいでかい。遠方からでもはっきりわかる。Cいわく、ここらでは、ここが竹取物語の発祥の地だと言い張っているらしい。それにしてもでかすぎる。
 大きな公園に着く。
 遊具のある公園と、ただ広いだけの公園が隣接している。どっちがいいか聞かれ、遊具のあるほうを選んだ。
 いろいろアスレチックのようなものがあるが、子どもたちが遊んでいて、とても遊べそうにはなかった。けど、遊んだ。その画には不釣合いな年齢層の二人が、揺れる橋を渡ったり、網を登ったり。けっこう楽しかった。
 最後の、ロープにつかまって、ターザンみたいに移動するのは、子供たちが占領していて、どうしてもできなかった。
 子どもたちはなにか競い合っているみたいだった。それを見て、昔はあんな風に阿呆なこと言い合って遊んだなと思った。
 場所を移動して、いろいろ見てまわる。見てまわるだけ。なんかいろいろそそるものはあったけど、やらなかった。恥ずかしいし。
 飽きてきたので、今度は隣の公園へ。しかし、本当になにもなく、さっと見てまわり車に戻った。

 家に絵の合作をしにいこうということになる。
 家に着き、カバンを置かせてもらっている部屋へ。すると、Cの父とご対面する。挨拶をして、少し会話を交わす。
 荷物を持って部屋を移動し、パソコンの前の椅子に座り、Cにお願いしてまずは自分のサイトを更新させてもらう。そのあと、Cも隣に座る。
 Cの絵を見せてもらう。
〈やっぱりええなぁ〉
 迷っていたけど、このときに、自分のサイトからCのサイトにリンクさせてもらおうと思った。
 そして、合作。
 サイト「お絵かきーず」のサンプル1。サイズ、400×400ピクセル。動画あり。
 なにを描こうか迷っていて、私が落描きしていると、大阪の友人のNが、メッセンジャーにサインインしたという表示が出た。つまり、Nがメッセンジャーを起動させたことがわかる。
 メッセンジャーを私のアカウントでサインインする。向こうのNには、私が、私のアカウントでメッセンジャーを起動させたことがわかる。そして、Nに話しかける。
 このNは、私と同い年の女の人。Nは、Cと私と一緒にメッセンジャーでチャットをしていたので、Cのことは知っている。そして、今、そのCに会って、Cの家からメッセンジャーを立ち上げていることを伝える。Nは、どうやら驚いてくれたみたいだ。
 今日会えるかどうかを、Nに尋ねる。そして、また後でメールすると言い、チャットを終わらせる。お絵かき再開。
 合作は基本的には自己満足。しかし、それでも、それぞれのいいところを活かしてそれをプラスにして一つの作品を作りたい。
 けど、今はいいや、自己満足で。
 描き終わり、投稿。にわかユニットの誕生。
 少しして、Nからコメントをもらい、Cがレスを書き込む。

 ネットで調べることがあった。映画『blue』の上映情報。
 今私が住んでいる青森での上映は今のところないので、旅をしている最中に見ることができたら見ようと思っていた。時期的にも場所的にも京都にある「京都みなみ会館」がよさそうと旅をする前から思っていて、ちょうど今日がその上映初日。
 この映画は、魚喃キリコ氏の漫画『blue』が原作。同性と見る映画ではないと思う。特に男同士。そして、一人ででも見るものでもないと思う。
 しかし、一人ででも見たいと思っていた。ビデオでも見られるけど、映画館で見たいと思った。
 映画は、20時から。今日この日、その時間に一度しか上映しない。
 できれば異性の人と一緒に見たかった。Cは今日の夜9時に予定があるらしく時間的に無理だというので、Nと一緒に見られれば見たいと思った。Nも、この原作の漫画を読んでいて、映画を見てみたいと言っていた記憶があるので。
 大阪のNに電話をし、京都まで出てこられることを確認し、一緒に映画を見ることになった。Cとのご対面を含めて、京都で会うことになった。
 Cが言うには、奈良のここから京都まで2時間はかかる。そして、渋滞を考えるともっとかかるかもしれないという。往復を考えると、Cが夜9時にここに戻ってくるには、今すぐここを出なければ。
 Cにたたんでもらった洗濯物をカバンにしまい、忘れ物がないか確認して家を出る。
 時刻は16時半。写真を撮って車に乗り込む。私が持ってきていた傘は、持っていると邪魔なのでCにもらってもらった。

 出発してすぐ、京都みなみ会館へ電話をかける。行ったあとでチケットがないなんてことがないように、満席になりそうかどうか聞くため。
 電話で応えてくれた人いわく、多分満席にはならないとのこと。
 カーナビを見ながら走行。変な道を通る。
 黄色い背景に黒い文字で書かれたこんな立て看板があった。

 土のおっちゃん
 ちょっと奥さん
 さぁ、畑へ。

 二人して爆笑した。
〈なんやここの道は〉
 すげぇ。めちゃめちゃおもろい。こんな道をもっと増やしてほしいものだ。

 またしても変な道へ。
 細い道で、一方通行でもないのに、一台しか車が通れないスペース。たまに二台通れるスペースがある。山道で、とても急な坂道。こんなところで一台しか通れない場所で対向車が来たら、たまったもんじゃない。バックするのも一苦労だ。
 その細い坂道を上ると、さらに急な坂道を下る。傾斜角度が45度くらいあるのではないかと感じてしまうほどの急な坂。しかも、不法投棄と思われるゴミが散乱していて、夜にこんなところは怖くて通りたくないと思った。
 途中で大阪府に入ったことをカーナビが告げた。奈良から真っ直ぐ行けば京都なんやろうけど、途中で大阪に寄るコースみたいだ。
 何台かとすれ違ったが、全て、二台通れるスペースだったのでよかった。
 その山道を抜けた途端に視界に飛び込んできたものは……。墓場。ありえない。こんな道ありえない。

 Nと何度かメールをやりとり。私たちがもうすぐ京都駅に着くというときにもらったメールで笑った。
「もうすぐ着いた」
 と。
 もうすぐ着いた? 「もうすぐ着く」でも、「もう着いた」でもなく。
 とにかく、私たちのほうが遅れているのだろう。Cにも、Nが「もうすぐ着いた」ということを告げる。

 JR京都駅に到着。
 駅に着いたはいいが、Nらしき人物が見当たらない。マクドナルドの前で待っとくように言ったのに。
 電話で会話をしていたが、よくわからないので、Cに車で待っていてもらって私だけ降りて見にいくことに。
〈おらん。おらんー。どこや〉
 いた!
 向こうから、こちらに気づかずにやってくる見たことある姿が。声をかけ、そのまま車へと走る。
「どうもお久しぶりです」
 そう言ったものの、久しぶりな気がしないのは、ネットでチャットなどをしているから。前に会ったのは半年以上も前の1月やというのに。
 特に前と変わらない様子だった。
 私、C、Nの三人が揃う。CとNが挨拶を交わす。
 NとCの初顔合わせは、私とCの初顔合わせのときみたいに、ぎくしゃくした感じはあまりなかった。さすがN、と思ってしまう。Nが後部座席に乗る。Cはもう帰るけど、京都みなみ会館が途中なので、すぐそこだけど乗せてもらう。
 その京都みなみ会館の前に着き、降りてみんなで写真を撮る。
 そして、NがCと別れの握手。すると、Nが手の甲にキス。自他共に認めるセクハラ魔、N。久々に笑わせてくれる。
 私もCと握手。もちろん、キスなんてしませんよ。
「バイバイ!」
 Cとお別れ。二人で見送る。また会える機会があったら会いたい。

 その映画館の場所は、パチンコ屋の上にある。思っていたよりも小さなところ。まず、チケットを買う。1800円。本日初めての出費。
 チケットを買う販売機とチケットが、牛丼を買うときみたいだった。
 上映の20時までまだ時間があるので、話をしながら歩く。そして、ちょっと早めの19時40分ぐらいに会館に戻り、待っている人がいたので、私たちもそこで座って待つことにした。
 時間が近くなり、列をなして並び始める。そして中へ。並んでいた人数からして満員にはならないと思っていたが、案の定ガラガラだった。上映初日にもかかわらず。
 上映開始。

 上映終了。
 寝てた! 寝てた寝てた、最後。
 Nに聞いてみると、寝ていたのはほぼ最後のスタッフロールだけだったのでよかった。というか、やっぱり眠ってしまうと思っていた。初めに、Nに寝ていたら起こしてと言ってはいた。それで、眠りそうになったら何度か目を覚ましてもらったので、物語自体を見逃すことはなかった。
 映画は面白くなかった。雰囲気はよかった。物語的に、もうちょっとからませてほしかった。「あ、これで終わりか」という感じのまま終わってしまった。
 原作を知っている二人にとっては、面白いと感じなかった。原作のほうがよかった。
 そんなことを話しながら、帰る時間だというNを送るため、そして野宿する場所へ向かうため、京都駅へと歩く。
 コンビニでおにぎりをおごってもらった。今、旅をしているからだけど、本当なら、私がおごってあげる立場でないといけない。Nには借りがあった。また借りを作ってしまった。いつか必ず借りは返す。
 20分ぐらいかけて京都駅へ。そしてお別れ。

 昨日と同じように、同じ場所で眠っていると、警察官がやってきて起こされ、名前、住所など聞かれる。
「家に帰らんのんか?」
「家、青森ですよ」


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