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「天城山からの手紙 43話」

冬が過ぎ去ろうとしている頃、森はまだ静寂に包まれ、春の足音に気付かない。まだ、木々の穂先は固く閉ざされ、じっくりと力をためている。溢れそうになる力を、グッとその時に備えて小さな芽に凝縮する様子は、ギリギリと音を鳴らし、命の始まりを教えてくれているようだ。天城周辺では、大体4月下旬から5月上旬に春が訪れるので、この時期はブナの新芽や沢山の植物が一斉に動き出す光景と出合う事が出来る。そこかしこで始まる新しい命の音はすばらしく、いつもその憂いとパワーで心を満たされるのだ。森全体が春に包まれるちょっと前に、先陣を切るかの様にシダの新しい命が始まる。その芽が出てくる場所は、先の季節を生き抜いた者が終えたまさにその場所なのだ。枯れて倒れたその間から顔を出す新しい命は、地面一杯に広がり、茶色く姿を染めた先人と、淡い緑に姿を染めた新しい者が、命の繋がる物語を奏でている。そして、しばらくすると森の奥から一筋の光が入り始めた。その光は、遠く万三郎の頂から、遅れで出て来た朝日なのだ。足元に輝く沢山の命は、その光を浴びると体をキラキラと輝かせ一気に力を増し、ファインダーから見るこの光景は更に素晴らしく、圧倒された。こんなにも小さな存在が、これだけの力を持つという事に、改めて命の尊さを教えられ、本当に大切な事とはなんだろう?と問いかけられた様に感じた。この日は、そんなおしゃべりを森の妖精とした、不思議な朝だったのかもしれない。


掲載写真 題名:「森の妖精」

撮影地:伊豆稜線歩道

カメラ:Canon EOS 5D Mark III EF70-200mm f/2.8L IS II USM

撮影データ:焦点距離200mm F7.1 SS 1/125sec ISO400 WB太陽光 モードAV

日付:2014年4月26日 AM7:44


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