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「天城山からの手紙」19話

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登山道入り口へ到着し、これから出合えるだろう景色に胸を高鳴らせた。その理由は、こんなに好条件の雪の天城はめったにないからだ。突如現れる絶景を前にすると、どこを撮影していいのかさへわからなくなり、普段の力が発揮できない事がある。そんな時、私は自分の背後から自分と情景を、客観的に見るような感覚で臨む。そうすると、他人事のような心情となり平常心を保つことができるのである。この日も、森の中は、なかなか見る事の出来ない情景になっているだろうと、想像も容易く、何時もよりも倍の時間をかけて準備をしていく。それは、まるで心の抑揚を、ぐっと腹の底へと押し込むようにだ。程よい緊張感に包まれて、最初の一歩を踏み出した。アイゼンの歯が雪に刺さる感覚が気持ちよく、積雪によって、段差も埋め尽くされ、快調に歩が進む。しばらくすると突如、突風と共に顔に猛烈な痛みを感じた。その足元を見ると、鋭利な刃物の様に姿を変えた雪の結晶が、辺り一面に落ちているのである。正体は雪と風が作り出した通称「海老のしっぽ」だ。まさか天城で今日見れるとは思ってもいず、押さえていた心の抑揚は容易く溢れ出し、あっという間に飲まれていく。そして、もう一度、突風と共に痛みが走り、忘れていたシャッターを押す。目の前に広がるのは、海老の尻尾を纏った木々が吹雪の中、力強く立つ姿だった。そして、この日は、死にかけた翌月の出来事である。なぜまた?それは、写真に残すことしか天城に私はしてあげられないのだから、これも一つの役目だと思っている。


掲載写真 題名:「雪の華」
撮影地:伊豆稜線歩道
カメラ:Canon EOS5D MARK3 EF24-105mm f/4L IS USM
撮影データ:焦点距離60mm F4 SS 1/320sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2015年3月7日日AM13:37

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