人の優しさが余計な場合?

私は、人に感謝したく、人の優しさをキチンと受け止めたいと思っています。ただ、私は天邪鬼なのか人から受けた優しさをいいものだと素直に受け止められません。

理由は、されたいと意思表示していないことをされるのが嫌だからです。私の方からして欲しいと言ったり、してもらうことが前提の場合以外は、過度に優しくされるのは嫌いです。

例えば、私のために聞いていないことを教えてくれる人。私は情報が多いのが苦手で、自分で調べたり出来ることをわざわざ教えてくれる人が好きではありません。

過去に、自力で調べればいいバスの時刻を教えてくれた人に、ものすごい怒りを感じたことがあります。私のことを思いやってくれたのでしょうが、全く嬉しくありませんでした。

外国では、相手が言っていないことは相手が求めていないと解釈する文化のところもあるようです。日本では、相手を思いやり先回りして優しくする文化がありますが、これは苦手ですね。

相手から、明らかにして欲しいと意思表示がないことは、するべきではないと思います。少なくとも私はしたくありません。

これは、無駄な労力を使わないためにも大切だと思います。相手を思いやって、相手から迷惑がられるのは本末転倒です。私はやりたくないですし、他の人がやるのを見るのも好きではないです。

人に優しくすることで、迷惑をかけてしまう可能性があるくらいならば、最初からやらないという選択肢もあると思います。

私は昔、相手が喜びそうなことをたくさんやって、ほぼ迷惑がられた経験があります。そういった失敗からも、余計なことをすることは好きではないです。

もちろん、相手からして欲しいと言われたことはしてあげたいです。それは、して欲しい意思表示が現実にあったので、してあげれば普通は喜ばれます。

私は空気を読むよりも現実にして欲しいと意思表示があったかどうかで行動を決めるタイプです。日本ではあまり歓迎されないかもしれませんが、他人のためにやって迷惑をかけることは、どうしても受け入れられません。

相手から言われたことには応えます。それ以外は、あまり空気を読みません。
こういう性格に育ったので、これは貫いていくでしょう。

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