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「落ちるプロ」人生初のバンジージャンプ

 足元に広がる針葉樹林は今朝方降りだした雪を頭に被って薄っすらと雪化粧している。岐阜県南部を流れる旅足川(たびそこがわ)。水の流れは大地を削って深い渓谷を形成している。旅足川渓谷にかかる新旅足橋は、幅10.75m、全長462mの大きな橋だ。谷底までの距離は約200m。バンジー台に立って見おろすと谷の斜面を覆う杉の木が、鉄道模型に使うミニチュアの木を並べたもののように見えてくる。今から自分が飛び降りるということが信じられなかった。


 以前、今度バンジージャンプをしてくるよってことを言うためだけに1800字超を費やしたアホの結晶(↓)を載せました。実際にバンジージャンプに挑戦してきたので今度はその時の感想のようなものを書こうと思っています。今回も要約したら「バンジージャンプしてきたよ」の一言で終わりです。暇な人だけ読み進めてください。字数は前回の倍以上あります。

 名古屋から車を走らせ、下道で1時間半。指定された集合場所に車を止める。まずは受付。危険性を理解しているという旨の同意書を書く。こうやって脅かされるとちょっと不安になるがここまで来て引き返すという選択肢があるわけもない。体重を測った後、それに器具の重さを加えた数字を左の手の甲に書かれる。ぼくはファンタジー的精神を忘れていない人間だ。手の甲の数字見て戦闘力みたいだなぁなんて思った。世間ではこれを専門用語で「中二病」と呼ぶのだという噂を聞いたことがあるが真偽のほどは定かではない。読者諸賢の内に有識者があればご教示願う。左手の数字に胸躍らせながら、ウィングスーツとハーネスを装着する。ウィングスーツというのは腕と脇、脚と脚の間に膜を張って空気抵抗が大きくなるように作られたムササビみたいな衣服のこと。余計な説明だっただろうか。準備ができたらそこからはスタッフさんの運転する車に乗り込んで橋まで移動する。と言ってもスグ近くなんだけどね。

 橋に着いた。思っていたよりずっと高い。しんしんと雪が降っている。深い谷からは雄大さを感じる。綺麗だ。バンジー台からはイケイケの音楽が流れてくる。EDMっていうんだろうか。友人曰く、ちょっと前に英語圏で流行った曲ばかりらしい。自然の前でイケイケの音楽が流れているという不調和が何処か面白く感じられた。いや、今思えば自分たちが立っていたのが自然の中に鎮座する橋梁という人工物であることを思えば、そこまで外れていないのかもしれない。

 ぼくは一番先に飛ぶことになった。別に、真っ先に飛びたいと手をあげたわけではない。ぼくの戦闘力が高かっただけだ。正確に言うと、ある体重を境に参加者を二つに区分して、軽い方の区分の中では最も体重が重かった、もとい戦闘力が高かった、というわけだ。つまり、ボクシングの階級別チャンピオンみたいなもの。全体だと2位。上には上がいる。悔しいぜ。この時点では少し緊張はしていたものの、まだ余裕があった。ぼくは大学受験で2浪している。落ちることに関してはプロと言っても過言ではない。落ちるプロのぼくにかかれば、200mのバンジーくらいなんてことはない!……みたいな冗談を積極的に使っていこうとか考えていた。

 さて。バンジー台に立つ前に、再度、器具が正しく装着できているか確認してもらう。そして最後に足首に重りを着ける。この重りによって宙吊りになった時にちゃんと足が下、頭が上になるという寸法だ。足首をギュッときつく締めてもらうと安心感が生まれる。これで準備完了。頭を下げてバンジー台の骨組みをくぐり抜ける。ここで、ぼくはいつものように頭をぶつけた。ぼくは身長が184cmあるのだが、自分の体の大きさを把握しきれていない節がある。頭は色んなところによくぶつけるし、曲がり角で壁に肩をぶつけることもしばしばだ。せっかちな性分のせいもあるのだろう。だがしかし!今回はヘルメットをしている。おかげでぼくの優秀な頭脳は損傷を受けずに済んだ。ありがとうヘルメット。人類の財産は守られた。

 今度こそ頭をぶつけないように大袈裟に頭を下げて骨組みを潜り抜け、いよいよバンジー台に立つ。スタッフさんがハーネスにバンジーロープを繋げてくれる。装備の再々確認。随分と念入りだ。何かあったら大変だから念には念を入れて丁度いいんだろう。促されてぼくはバンジー台の端に移動する。ジャンプ台から見えた光景は先程までの余裕を吹き飛ばした。バンジーをしたいと言い出した時、正直なところ最新式の安全装置なんだから恐怖を感じる必要など無いと思っていた。だから、以前の文章では装備が違うからペンテコスト島の男たちはすごい!みたいなことを書いた。書いてしまった。だが、いざ自分がこれから飛び降りるとなると話は別。いくら最新式の装備だろうが怖いものは怖い!「千尋(せんじん)の谷」とか「奈落の底」とかいうフレーズが似つかわしい。自分がどれほど高いところにいるのかが分からなくなるくらい小さく見える木々に乾いた笑いが溢れる。

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 怖いものを見たときに笑ってしまう。そういうことって無いだろうか。映画の凄惨なシーンで一周回って笑ってしまうような、そんな感じ。こう言うと危ない人だと思われてしまいそうだ。ほら、重松清の『エイジ』にはニュースを見てヘラヘラしてしまい親に注意される主人公が描かれていた。それと同じだ。あれにもちょっと似てるんじゃないかな……やってることは残酷なのに明るい曲が流れる映画のシーン。ティム・バートン版『バットマン』のプリンスとか、『時計じかけのオレンジ』の"Singin' in the Rain"とか、『キック・アス』の"Bad Reputation"とか"Banana Splits"みたいな。

 書いていて思った。ちょっと違うかも。それに、余計に危ない人だと思われてしまうんじゃないか、とも。危ない人ではないです。善良な小市民です。大して納税はしていないけど。それでも真面目に生きてます。善良な小市民として真面目に生きているのに、それだけじゃ真面目に頑張っている人だとは認めてくれない社会。世知辛いけど頑張りましょう。僕たちは偉い。生きてるだけで。そういえばこの前、映画館で『トムとジェリー』の映画の予告編を見たんですが『キック・アス』でヒットガール役やってたクロエ・モレッツ、大人になってましたね。どうりで自分もおじさんになるわけだ。どうも話があちこちに飛ぶな。集中力がないのは子供のころから。そういう芸風だと思ってお許し願いたい。さて、閑話休題。

 頭の中で先ほど受けた注意を反復する。二回目のバウンドで足についている紐を右側に引く。(紐を引くと足とバンジーロープの間の固定が外れて、胴を支点にして吊るされた状態になる。)怖がって足から落ちるとバウンドする際に危ないから頭から飛び込む。前に倒れ込むんじゃなくて脚力を使って前に跳ぶ。水泳の飛び込みみたいなものかなと思った。しかしそこに水面は無い。腹打ちどころじゃない。水泳苦手で飛び込みなんてできないんだけど。

 「前見て。前」高さにビビったぼくは下を覗き込んでいたようだ。指示に従って前を向く。遠くにもう一つ橋が見える。目の前に広がる景色はまさに壮観。だが、自分は今からそこに飛び込むのだ。そんな悠長なことは言っていられない。ガチガチになったぼくがスタッフさんの指示に対してぎこちない返事をしていたのは、後から動画を見て知ることになる。

「前見て。前。前見る。前。」「前、前、前……」
「向こうに跳ぶ。ね」「はい」
「OK?」「はい(OKじゃない)」
「両手広げて」「両手広げて……」
「O K!!行きましょ〜」「……(OKじゃない)」

この時点で全く心の準備ができていない。本能というか、脳というか、もう一人のぼくというか……何かが自身に語りかけてくる。「本当に跳ぶの!?こんなに高いところから?嘘でしょ??こんなところから落ちたら死んじゃうよ。正気なの??」と。語りかけているというより叫んでいると言った方がより適切だろう。人間はこんなに高いところから飛び降りるようには設計されていないのだと悟った。カウントダウンが始まる。

「5、4、3、……」
あれ?思ってたよりカウントダウンはやくない??
「……3、2、1、バンジー!!」
スタッフさんは元気よく叫ぶ。逡巡。今だよな。心の準備できてないんですけど。仕切り直すのはダサいよな。色々な思考が駆け巡る。すごく長く感じた。だが後からビデオを見たら一瞬だった。走馬灯ってこんな感じなのかな。ぼくは意を決して一歩踏み出した。前に跳べと言われたことは忘れて。

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 ぼくは落ちていた。雪が上に向かって降っていくのを確認した。ぼくはどんどん加速していく。風が強い。雪の相対速度も上がる。こうなると雪が上に降っていくというより吹雪みたいだ。風圧で息ができない。息苦しさで声が漏れ出る。ヒューという音とゴォーという音が混じった風を切る音。次の瞬間、衝撃が走る。バンジーロープが伸びきったのだ。ロープが収縮し、体が上に引き戻される。そうだ。足についてる紐を引っ張らなきゃ。たしか右に引っ張るんだった。二度目のバウンドで紐を引く。足がロープから外れ、体が自然と起きあがる。体は鳩尾(みぞおち)のあたりを支点にしてぶら下がっている。ここで初めて周囲を見渡す余裕が生まれる。「うわー、すっげー」口から出たのは語彙力の無さを露呈する小学生のような言葉だった。下を見ると谷底まではまだ随分と距離があった。

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 この世には二種類の人間がいる。吊り橋や観覧車を揺らしたくなるタイプの人間と、そうではない人間。ぼくは前者だ。今回も揺らしてみようかなと思った。だけど、上体をちょっと揺らしてみただけでやめにした。度胸が無かった。そのくらいでどうにかなるようなら落下の衝撃に耐えられるはずもないが、万が一のことを考えてしまった。更に周囲を見渡す。景色を目に焼き付けようと思った。上でロープを引き上げているようではあるが一向に上がっているカンジがしない。随分長く感じた。さっきの走馬灯と違って今度は本当に長かったんだと思う。上まで引き上げられて、もう一度見下ろす。やっぱり高い。自分はこれを飛んだのか。達成感。

 今回のバンジージャンプから無理矢理に教訓らしきものを引き出そうとするなら、人生、飛び込んでしまえば案外どうにかなるということだろうか。バンジーだけに。分かってはいたけど、別にバンジージャンプしたからって何かが変わるわけじゃない。あぁ、でも、人生に刺激が足りないみたいなアホな理由で薬物に手を出すことは無いかもな。数万円出せば十分すぎる刺激を得られるんだから。でも慣れてしまったらどうする?何度もバンジーやりすぎてバンジージャンキーになってしまったら……。そんな妄想を膨らませて楽しんだ。人生で一度くらいは…とか言ってたはずなのに、またやりたいと思っている。今度はもっと綺麗に飛べる、と思う。そういえばスタッフさんたちは何度も飛んでいるというわけではないらしい。中には飛んだこと無いという人も。ホントかどうか怪しいけど。ちなみに社割が効くらしい。

 御多分にもれず今回もオチは無いので、友人から送られてきたLINEを貼って終わりにしよう。

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(※こんなことを言ってるがこの人も同じ穴の狢だということは言っておきたい。)

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帰りに名古屋で美味しいひつまぶしを食べましたとさ。めでたし、めでたし。

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