「いつ"憑依スイッチ"が入るの?」
【"憑依型パフォーマンス"と
"役作り"はイコールではない】
先日
尸童〜よりまし〜
相方の
薩摩琵琶奏者 中澤龍水と共に
公演でお世話になった
「那由多」さんへお礼参り。
公演の振り返りを
いたしました。
その中で、
那由多さんのご主人より
「満茶乃ちゃんは、
いつ憑依スイッチ入れてるんや?
毎回見てても、
いつの間にか別人の顔になってるねん。」
'
との
お言葉を頂きました。
たしかに
たまに聞かれます。
その時、
私よりも
相方の
中澤兄さんの答えが核的!!!
*
それによりますと
↓↓↓
「横で聴いてて、
頭からフルスロットルで行くときもあれば、
スロースターターで後からガツンといくときもあります。
それは
観客席側の雰囲気と合う、
波長のようなものを探してるんですよ。
それを掴んだ時に、
ここぞとスイッチを入れてる。
まぁ、
役柄やら
演目による時も
あるとは思いますが。」
↑↑↑
客観的に
言うて頂くと
嬉しいを通り越して
恥ずかし😳
ありがとうございます!!!
*
まさしくそうなんです。
観客席側の雰囲気と綱引きをする。
常に心に置いているのは
世阿弥の
「陰陽の和するところの境を、
成就とは知るべし」
という言葉。
'
観客席側の雰囲気によって
自分自身は
反対の気を纏って
会場全体を
☯
↑
このように作れるよう、
努力をしています。
'
そして、
この会場全体の
雰囲気の
「陰」と
「陽」の
和するところの
「境」
を
きっちりと掴んだ時に
「スイッチが入る」
という状態だと、
自分では思っております。
'
あくまでも、
私は
「物語の魂」を
観に来てくださった方に
お伝えする役目。
'
声や、
筋力、
身体を維持し磨くことと
同時に
見えないものに対する
アンテナ
を磨くことも
私にとっては
大切なお仕事です。
*
物語の
登場人物の
考証は
深く深く掘り下げますが
いわゆる
役作り
とは
少し違うのかもしれません。
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