見出し画像

「正しさ」よりも「考えた過程」に意味がある

ぼくの住む町は山間部なので、周りを見回すとほとんどが山。

「山の天気は変わりやすい」

よく言われる言葉だけど、確かにな、と、納得することも多々あったりする。

数日前、本当に今さらながら、雨を降らせるそもそもの雲はどうやってできるんだろう?と素朴な疑問を持った。

小学生のころ教わったのは、風が山にぶつかって、その上昇気流で雲ができるという理屈。当時は「ふむふむ、そうなんだ」と鵜呑みにして理解して納得した気になっていた。でもそれだけじゃ説明として全く足りていないよなあ、と思う。


だから雲ができる理由を考えてみた。(答え合わせはしていないので、まちがっているかもしれない)

・山に風がぶつかって上昇気流ができる
・巻き上げられる空気(地上の空気)は、上空の空気と較べて暖かい
・暖かい空気は水分を多く含むことができる(だから夏は湿度が高い)
・反対に冷たい空気は水分をあまり含むことができない

つまり、上がっていった暖かい空気が上空で冷やされて、保持しきれなくなった水分が出てくる。それらが集まり、雲になるんじゃないかな。


こうこうこうだから、こういう結果になるんじゃないか?というような、考えが繋がって繋がってしていく感覚はとても気持ち良くもあった。


気づいていないだけで、「解っているつもりでも実際は全然解っていないことがら」はたくさんあるはず。

すこしづつ、ひとつづつでも丁寧に考えて、答えを導き出すようにしていきたい。自分の出した答えが間違っていたとしても、その「考えた過程」は「正しい答え」よりも価値のあるものであるはずだから。


今日もありがとう。またね。

「スキ」が元気のみなもとです!