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仕事のスピードアップやコミュニケーションの向上ではない?!ビジネスチャットの本当の価値とは

ビジネスチャット利用して実感することといえば、「仕事のスピードが早くなった」「社内のコミュニケーションがスムーズになった」といった話が一般的です。
けれども、実はそれだけでは、ビジネスチャットの「本当の価値」を得られているとは言えません。

ビジネスチャットの本当の価値は、ストーリーの追体験による個人のスキルアップと組織力の強化だということを、家族のグループLINEで学んでいく妹さんのエピソードから解説したいと思います。

「ビジネスチャットって流行ってるみたいだけど、意味あるの?」と思っている社長さんや、「ウチも導入してるけど、そこまで価値を感じないけどなぁ」という管理職の方に読んでいただきたい内容です。


家族のグループLINEで学んでいく末っ子

エピソード① お父さんとお母さんとお姉ちゃんと妹さんが入っている家族のグループLINEがありました。この部屋で、お姉ちゃんが「同じクラスのかなえちゃん家は、連休に温泉に行ったんだって。いいよねー、ウチも今度の休みに温泉に行こうよー」と投げかけたところ、お母さんは当然賛成します。すかさず、お姉ちゃんから妹さんに「あなたもすぐ返信して」と個別にLINEが入りました。
そこで、「私も行きたいー!」と返したところで、お父さん包囲網は完成し、めでたく(?)温泉行きが決定しました。

エピソード② 実はこの家族には、お父さんが入っていないグループLINEもありました。
こっちのグループLINEでは、なんとなくお父さんには見られたくないことをやり取りしてます。普段は他愛のないことが多いですが、ときどきお姉ちゃんがお母さんに悩みを相談しています。
部活のこと、「友だち」とディズニーへ行きたいこと、バレンタイン対策まどなど。お母さんは(お父さんと違って)直接ああしろこうしろとは言いませんが、お姉ちゃんの悩みに「それわかるわぁ」と言いながら、さりげなく励ましの言葉を投げかけてくれます。

note ビジネスチャットの価値

こんな環境で育った妹さんは、気づかないうちに、とても「スキルアップ」していました。
どうすればお父さんを説得できるのか理解し、身についているので、おねだりの成功率は抜群です
また、学校や友だちのことで悩むことがあっても、「そういえばずいぶん前に、お姉ちゃんも似たようなこと言ってたなー」「あー、お母さんがこんなこと言ってたなー」と思い返すことで、自力で解決しています。
また、本当に悩むことがあっても、決してひとりで抱え込まず、お母さんたちとのグループLINEに投げかけて、お母さんやお姉ちゃんからアドバイスをもらっています。


経営的視点から妹さんのスキルアップの秘訣を探る

ここで、妹さんに何が起こっていたのか、経営的な視点で見てみましょう。

仕事を属人化せず、組織として対応できるようにする(組織力を高める)ためには、暗黙知を形式知化する必要がある、とよく言われます。
形式知化するとは、プロセス・手順を明確にする、マニュアルを作る、注意事項(Do's & Don'ts)を共有する、といった形で、言語化していくのが一般的です。

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『知識創造経営』野中郁次郎、竹内弘高 より

ところが、仕事に必要なスキルや知識は、言語化できない暗黙知が大部分を占めますので、OJTやジョブローテーション、先輩社員との対話などが、暗黙知を獲得するための重要な役割を果たします(組織科学 Vol.48 No.2 (2014) 『ホワイトカラーの熟達化を支える実践知の獲得』楠見孝)。

先ほどのエピソードで、妹さんはお姉ちゃんが書き起こしたマニュアルを見たわけではありませんし、注意事項を説明されたわけでもありません。
妹さんは、お姉ちゃんの体験と、それにともなうお父さんやお母さんとのやり取りという一連のストーリーを追体験していたのです。だからこそ、記憶に残っていることも多く、自分のおかれた状況に当てはめることもできたのです。

ところで、なぜグループLINEでのやり取りを見ているだけで、追体験できるのでしょうか?

十分な情報、文脈が盛り込まれていると、ヒトは「自分ならどう対処するか」を頭の中でシミュレートすることができるからです。実は、頭の中でシミュレーションする(できごとや経緯を思い描く)と、実際に行動するときと同じ脳の部位が活動するのです。
そして、できごとの経緯をシミュレートすると、悩みにうまく対処できるようになります。
『アイデアのちから』チップ・ハース+ダン・ハース


休憩時間の雑談は、メールや掲示板での告知よりも効果的

ストーリーの追体験によって、個人がスキルアップする例をもうひとつ見てみましょう。

先ほどの書籍に、コピー機の修理員が、休憩時間にトランプをしながら同僚と雑談をするシーンが登場します。
内容は理解できないと思いますが、語られている内容の具体性に注目してください。

新しいXERの基盤構成だと、ダイコロトロンでアーク放電が起きても基盤は過熱せず、代わりに低電圧電源装置上で24ボルトのインターロックを作動させて、マシンをダウンさせるんだ。ところが、マシンが復旧すると、E053のエラーコードが出てしまう(注:このコードは、問題がある場所とは関係のない場所を示しており、誤解を生じさせる)。
廊下の突き当たりのマシンも、まさにそれだったんだよ。ウェーバーも俺も問題を突き止めるのに何時間もかかっちまったよ。原因は全部ダイコロトロンの故障だったのに。電源を入れてからしばらく待つと、ようやくE053と一緒にF066が表示された。それで、ダイコロトロンを調べたら、完全に死んでたんだ。まったく、笑えたよ。

この話を聞いた同僚は、あたかも同じトラブルを体験したかのように、このトラブルと対応方法を、しっかりと記憶し、身につけるのです。
「ダイコロトロン過熱時のエラーコードE053に注意を」という一斉メールや、社内ポータルや掲示板への告知では、同じ効果は得られません。
『アイデアのちから』チップ・ハース+ダン・ハース

同僚が体験した最前線の生情報が、短くともストーリーとして語られるから、追体験になり、記憶に残り、実践に活かせるのです。

note ビジネスチャットの価値2

体験談(ストーリー)を聞く → 追体験する → 記憶に残る → 実践に活かせる


組織内でノウハウ伝達したり、ドキュメントを作るとき、私たちはついストーリーや文脈を省いて「助言」や「ポイント」だけを書きがちですが、それではシミュレーションにならないので、記憶に残らないのです。ストーリーを聞き、頭の中で追体験(シミュレーション)するから、記憶に残り、実践に活かせるのです。月次の報告会用にキレイにまとめられた内容よりも、飲み屋で上司から聞いた話の方が記憶に残っているのも同じ理由です。

妹さんも、お姉ちゃんから「お父さんを説得するには、クラスメイトの話を持ち出すといいよ」というポイントだけを聞かされていても、覚えていなかったでしょうし、実践にも活かせなかったでしょう。

物語から教訓を引き出すことはできるが、教訓から物語を引き出すことはできない。
『アイデアのちから』チップ・ハース+ダン・ハース


仕事でチャットを使うと、勝手に暗黙知が共有され、組織力が上がっていく

同僚との雑談や、上司の体験談を聞かされることによる暗黙知の共有は、かつての日本企業において自然におこなわれていたことでした。タバコ部屋や残業中の雑談、仕事終わりの飲み屋での会話などなど。
ドキュメント化や仕事の定型化は苦手でも、こういった同僚どうしの雑談や、上司の体験談を聞きながら、自分も追体験することで、個人はスキルアップし、組織力は向上していきました。

コラム:日本企業は、形式知化が苦手
組織の暗黙知を形式知化するには、プロセスの分析や手順のドキュメント化など、非常に多くの労力がかかります。しかも、ドキュメントを作成する作業自体は何も生み出さないので、会社としてもリソースを割り当てにくい作業です。また、必要なことはわかっていてもせっぱ詰まった締め切りがないので、優先度が上がらない。一度作って終わりではなく、継続的な見直しが必要だけれど、アップデートは滞りがち。
日本の経営者は現場上がりが基本なので、現場を知っている経営者ほど、ここに予算や専任の担当者を割り振る決断ができません。また、人材の流動性が低い(離職率も中途入社率も低い)企業では、そもそも〇〇さんに聞けばわかる、という甘えが通じるので、ドキュメント化する意欲も湧きません。
かくして、日本企業ではプロセス化やドキュメント化が苦手なまま、暗黙知は古株に聞くしかない状況が続きます。

雑談は減ってしまったけれど、ドキュメント化や仕事の定型化が苦手なままの日本企業で、ビジネスチャットは体験談の共有を補う手段として効果を発揮します。
日々の仕事をしているだけで、暗黙知だった最前線の生情報が記録として残っていき、ひとりの経験が、追体験によって複数の人の血肉となっていきます。
隣の人に話しかけていたら、その場かぎりで消えてしまう話も、リモートワーク中であれば、チャットによって文字として残ります。あえて1対1ではなく、チームのトークルームで会話する意味はここにあります。

冒頭の家族のグループLINEを思い出してください。この家族を上司、古株の先輩、中堅社員、若手社員に置き換えてみれば、中堅社員が上司や古株の先輩とやり取りしている内容をつぶさに確認できる(しかも、実体験と違って、あとから何度でも見返すこともできる)環境は、若手社員にとって非常に恵まれた学習環境だと思いませんか。

日々の仕事をしているだけで、勝手に暗黙知が共有され、組織力が上がっていく。こんなオイシイ話はありません。

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組織力アップにビジネスチャットを活かすなら、こう使うと良い

ビジネスチャットを導入して、「待ち合わせに少し遅れます」「ちょっと資料の確認お願いします」「鈴木さんから電話があったので折り返しお願いします」といった連絡ができるようになると、たしかに仕事のスピードは早くなり、コミュニケーションはスムーズになります。しかし、それだけでは、ビジネスチャットの良さを生かし切れていないのは、もうお分かりいただけると思います。
このようなやり取りだけでは、誰の体験も語られていないので、追体験もされず、個人のスキルアップにも、組織力アップにもつながりません。

だからこそ、ビジネスチャットは「チームやプロジェクトなど複数人のグループ」でやり取りするのが大前提なのです。1対1でのやり取りを繰り返していても、組織力は上がりません。
そして、お父さんが入っていないグループLINEで赤裸々な悩みが共有されていたように、心理的安全性が確保できるメンバーでグループを作ることも大事です。ちょっと気づいたこと、うまくいったこと、うまくいかなかったことを誰でも気軽に書けてこそ、他の人の追体験につながり、組織力アップにつながるのです。

実際に、顧客や案件・プロジェクト単位でグループを作っている企業では、日々のやり取りがビジネスチャット上でおこなわれるので、「組織としての経験」が蓄積され、加速的に組織力が向上していきます。「チームのグループチャットの盛り上がり具合いとチームの成績は明確に比例している」と断言する企業の経営者もいらっしゃいました。また現場メンバーが自発的にグループを作れるようにしておくのもお勧めです。

直接話した方が早いのになぜわざわざチャットする必要があるのか?とか、自分に無関係の内容が流れてくると業務に支障が出る、といった指摘がありますが、組織で導入するという観点からは、的外れな指摘であることも、これでご理解いただけるのではないでしょうか。

ビジネスチャットを利用して、仕事のスピードが早くなったり、社内のコミュニケーションがスムーズになることも、もちろん価値のあることです。
ですが、せっかくなら、現場の最前線の体験談を誰もが気軽に話し(投稿し)、そのストーリーを他の人も追体験することでスキルアップしていき、気づけば組織が強くなっていく。そんな姿を目指してほしいと思います。

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