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 『ひとり飯』

仕事の出張の夜は、ひとりで飯を食うことになる。特に翌日に仕事を控え、前乗りした日は、ほぼ100%ひとり飯になる。僕はこの時間が好きだ。ひとりで、何を食べようと誰からも何も言われない。自分だけの時間、自分だけのわがままが許されるひととき。
 先日、宮崎の都城へ出張にいった。もうかれこれ10年ぶりくらいの宮崎での仕事。当日は、お昼過ぎに宮崎空港に到着して、レンタカーで移動。青く広がる真夏の空に、もくもくと広がる白い雲の下、山間の高速道路を一時間ほど走り、都城のホテルに到着した。
 
ホテルで3時間ほど翌日の仕事の準備を終えて、ほどほどで夕方になった。出張が決まってからすぐに「都城 夜 グルメ」と検索して、事前に目ぼしをつけていた「つる」という地鶏の小料理屋に向かった。

お店につくと、初老の客と、私と同じ出張族らしき先客がいて、すでにカウンターは温まっていた。なるべく先客の空気感を乱さぬよう、少し離れた席に座り、そろっと手元のメニューに手を伸ばした。しばしメニューを眺めた後、すでにひとり飯の世界に浸る先客の料理を目で追った。

この店はどうやら種鶏専門の店で、一皿の量が多いようだ。数少ない選択肢で迷っていると、初老の客が「今日は生肝あるのかい?」とおかみさんに訊ねた。すると「ありますよ」との返事。お皿に山盛りに盛り付けられた生肝に、塩とごま油とニンニク醤油が用意された。見るからに、つるつるぷりぷりの朝〆の生肝は、さすがに食指をそそられた。

「注文いいですか」とすかさず私も、生ビールと生肝を注文した。見た目以上に濃厚な味わいの生肝を3枚ほど一気に口に頬張りながら、生ビールで乾いた喉を潤した。明日の仕事の準備を終えたあとの解放感と、都会の喧騒を離れて、誰も知る人がいない小料理屋の片隅で、ささやかな背徳感を味わった。

そんなことを思いながら、しばらくすると酒も回り、気分がよくなり、いつのまにやら、カウンターには出張族の方と二人きり。何となくお互いの意識が近づいた時に「この店は初めてですか」と声をかけられた。その一言から、どこからきた、何しに来たと話しがはずみ、ついつい長居をしてしまった。こんな時間も旅の一興だ。

お会計をしてホテルに帰る道すがら、夏の夜を涼みながら、今日を味わい帰路についた。

喧騒の都会にはない、ひっそりとした地方の夜のひとり飯。次のひとり飯へと思いを馳せて夜はふけていった。

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