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大村知事リコール運動で雑に使われる「天皇陛下」という言葉

 今年の8月25日、高須克弥氏を発起人とするグループが、大村秀章愛知県知事のリコール(解職請求)を求める署名活動を開始しました。同日午後には、かねてより同運動に賛同の姿勢を示している河村たかし名古屋市長が高須氏に合流し、愛知県庁前で大村知事の姿勢を批判しました。

 この両人は、それぞれのツイッターアカウントでも、大村知事の批判と、その大きな理由である「あいちトリエンナーレ」での展示内容についての批判を繰り返し投稿しています。
 しかし、それらの投稿を読んで感じるのは、高須克弥氏と河村たかし名古屋市長は、「天皇陛下」および「陛下」という言葉の正しい用法を理解していないのではないか、という疑問です。

 例えば、高須克弥氏(@katsuyatakasu)は次のような内容を投稿しています。

僕は法律に則りリコール運動をしています。
大村愛知県知事こそ日本と日本国民の象徴である天皇陛下のお写真を燃やして踏みにじる反日プロパガンダ芸術作品を愛知県民の血税を使って展示するイベントの責任者をやっておられます。
日本と日本人への侮辱だと思います。
これ、法律に触れないのかな?
(2020年6月30日 午前10:05)
https://twitter.com/katsuyatakasu/status/1277770147982241792
補助金詐欺だと思います。
陛下や英霊を侮辱する展示会だとわかっていたら補助金は出ないはずです。
(2019年10月8日 午前8:41)
https://twitter.com/katsuyatakasu/status/1181353963372728321
「表現の不自由展」なるイベントで天王陛下のお写真に火をつけて燃やした上ふみにじった作品を展示させた人物に対して「発狂してる」の表現は正鵠を射ている。支持。
日本青年会議所がリツイート、「発狂」と個人攻撃する内容を。メディアリテラシー啓発用のアカウントで。
(2020年2月14日 午前8:03)
https://twitter.com/katsuyatakasu/status/1228092387114680320
作者の意図は聞いております。勝手に制作することに反対しません。
愛知県民の税金を使って展示させて開きなおる大村愛知県知事が許せません。
8月15日に厳粛に英霊に感謝している国民はあの陛下と英霊を辱しめる作品を見たら涙を流して激昂します。
まだ、正当性を主張する大村知事は曲学阿世の国賊。
(2020年8月16日 午前9:02)
https://twitter.com/katsuyatakasu/status/1294786508914794497

 河村たかし名古屋市長(@kawamura758)も、以下のような内容を投稿しています。

どえりゃあ ごぶさた。愛知トリエンナーレ 再開反対 座り込み 午後2時 愛知県芸文センター because申告内容かくされる 県は市とまったく話し合いなしですべて独断.実行委員会ひらかれず 陛下写真バーナー焼いて踏みつぶす いかん
(2019年10月8日 午後0:31)
https://twitter.com/kawamura758/status/1181411737330802688
いずれにせよ、9月3日会長声明時、①陛下写真をバーナーで焼き、踏みつける動画があることを知っておられたのか②私的展示会ではなく県市主催の公共事業であること③陛下写真焼損動画は、直前の7月時点で展示予定が少なくとも市に隠されていたこと、以上ご承知の上での声明か、お返事を頂きたい。
(2019年11月1日 午後4:46)
https://twitter.com/kawamura758/status/1190173326653583360
もっともっとひどいハラスメント 陛下の写真バーナーで燃やして足で踏みつぶす動画 公共事業公金税金 主催で 愛知県が 認めたがや。中日新聞 朝日新聞 などテレビコメンテーター 表現の自由として認めたがや 何が悪い」と日本社会なっちゃうよ。
(2019年12月25日 午後1:18)
https://twitter.com/kawamura758/status/1209689761436164098
4つ①公金による公共事業だった。こと②陛下ハラスメント動画③②隠されていた④マスコミ上記①②③ほとんど書かんこと。
(2019年12月10日 午後0:35)
https://twitter.com/kawamura758/status/1204243336887881730

 この両人の上記投稿に共通するのは、「あいちトリエンナーレ」に展示された作品の一つで「燃やされた」写真の昭和天皇のことを「陛下」あるいは「天皇陛下」と呼んでいることです。
 自分は「天皇陛下を敬愛」しており、それゆえ「天皇陛下の写真を燃やす」という行為を断じて許せない、というスタンスで、大村愛知県知事を攻撃していることが、上記の文面から読み取れます。

 河村たかし名古屋市長は、2019年10月8日、愛知芸術文化センター前で座り込みを行い、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展『表現の不自由展・その後』が再開されたことへの抗議を行いました。その際、河村市長が手に持っていた大きなプラカードには、次のような言葉が記されていました。

「日本国民に問う! 陛下への侮辱を許すのか!」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/takashi-kawamura1008_jp_5d9bf259e4b09938980543a6

 ここでも、河村たかし名古屋市長は、昭和天皇のことを「陛下」と呼んでいます。

 けれども、彼らは本当に「天皇陛下を敬愛」しているのでしょうか?

昭和天皇は「陛下」か?

 1947年(昭和22年)に制定された現行の「皇室典範」には、以下のような条文があります。

第五条 皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王を皇族とする。
第二十三条 天皇、皇后、太皇太后及び皇太后の敬称は、陛下とする。
  2 前項の皇族以外の皇族の敬称は、殿下とする。
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000003

 また、2019年(平成元年)に制定された天皇の退位等に関する「皇室典範特例法」には、以下のような条文があります。

第三条 前条の規定により退位した天皇は、上皇とする。
  2 上皇の敬称は、陛下とする。
第四条 上皇の后は、上皇后とする。
  2 上皇后に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太后の例による。
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=429AC0000000063

 これらの条文により、現在の日本では皇室構成員18名の内、敬称に「陛下」が付けられる者は、天皇、皇后、上皇、上皇后の4名だけとされています(残る14名は「殿下」)。
 昭和天皇は、現在の日本では、この4名のいずれにも該当しません。従って、昭和天皇を「陛下」と呼ぶことは、天皇の敬称に関する制度上の間違いであるだけでなく、天皇、皇后、上皇、上皇后の4名に対して、大変失礼な行いだということになります。

 なぜなら、昭和天皇を「陛下」と呼ぶことは、今上(現在の天皇)や上皇らの存在を無視する、つまりないがしろにする行為だからです。

 この事実を踏まえて、改めて高須克弥氏と河村たかし名古屋市長のツイートを読み返せば、彼らが本当に天皇を「敬愛」しているのか、疑問を差し挟む余地があるように見えます。
 天皇や皇室の制度、特に敬称の使い方を正しく理解せず、それと気づかずに天皇や上皇らに対して大変失礼な態度をとっているのであれば、その「敬愛」の度合いは、きわめて皮相的でレベルが低いものであると評価せざるを得ないからです。
 あるいは、昭和天皇を「陛下」と呼ぶ彼らの頭の中では、大日本帝国で最後の天皇であった昭和天皇が、現在でも崇拝の対象としての「天皇」なのだろうか、という疑問すら湧きます。

 今の時代を生きる日本人なら、「陛下」あるいは「天皇陛下」という言葉を聞いて、まず思い浮かべるのは、今上(現在の天皇)と上皇(先代の天皇)の姿でしょう。そんな人々が、事情をよく知らないまま、河村たかし氏の「陛下への侮辱」という激しい言葉を目にすれば、あたかも大村愛知県知事が今上や上皇に対して、何か侮辱的なことをしたと勘違いして、不快感や怒りの感情を胸に抱くかもしれません。そして、それを勘違いだと気づかないまま、リコール運動に賛同してしまう人も出てくる可能性もあります。

 ところで、高須克弥氏は、上に紹介した2020年2月14日の投稿で、天皇陛下という言葉を「天王陛下」と間違って書いていますが、これも大日本帝国時代なら、命に関わるほどの重大な「天皇への不敬」と見なされたはずです。
 大日本帝国時代の1930年代に、天皇崇敬を重んじる立場の人間が書いた本(例えば黒龍会という右翼団体を率いた内田良平の著作など)を見ると、「天皇」という言葉が文中に表れるたび、その前のマス目を空白にしていることに気づきます。そこに何か文字があると、天皇の「頭の上」にその文字を乗せることになり、天皇に対して「不敬」にあたる、と解釈していたからです。「天皇崇敬」を標榜した当時の「愛国者」は、「天皇」という言葉を用いる際、このくらい細心の注意を払っていたのです。

 しかし、高須克弥氏は、投稿から半年以上が経過した現在(9月7日時点)も、この「重大な誤表記」を削除していません。本当に天皇を敬愛する者なら、こんな態度をとれるでしょうか。

 また、高須克弥氏は2019年8月4日のツイートで「昭和天皇の御真映に火をつけて踏みにじる映像を見せられたら日本人が逆上するのは折り込み済みの仕事だと思います」と書いていますが、大日本帝国時代における天皇の肖像を指す言葉は「御真影」です。戦後は、この語句が用いられることはなくなり(「御写真」という言葉が使われます)ましたが、この誤りについても、高須克弥氏は訂正して再投稿することもなく、放置しています。

 ちなみに、「あいちトリエンナーレ」に展示された当該の作品「遠近を抱えてpart2」は、作者の大浦信行氏が述べているように、「昭和天皇を批判したり侮辱することを意図した表現物」ではありません。
 作品中のモチーフの一つとして用いられた昭和天皇の写真は、過去のある時期における日本の「時代精神」を表す「イメージ」という扱いで、作者はそれを「内なる天皇」という言葉で表現しています。従って、それを「燃やす」という行為は、過去の時代精神の克服という、内面の変化を視覚化したものであって、昭和天皇個人や天皇という制度に対する批判や侮辱の意図が込められているかのような解釈は、皮相的な言いがかりであると言えます。

【参考】
「表現の不自由展・その後」で「天皇を燃やした」と攻撃されている大浦信行さんに話を聞いた
篠田博之(月刊『創』編集長)
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190816-00138640/

過去にも起きていた、類似の事件

 ところで、自分は「天皇を敬愛する側に立つ者だ」という立ち位置をまず宣言し、その上で「お前のやったことは天皇に対する侮辱だ」と他人に言いがかりをつけ、天皇という強大な権威をバックにして、すさまじい罵倒を浴びせて攻撃し、相手を萎縮させ、屈服させる、という、高須克弥氏らの行動を見て連想するのは、1935年に発生した「天皇機関説事件」における、右翼(国粋主義)団体や右派政治家たちの姿です。

 天皇機関説事件とは、立憲主義の近代国家における天皇の存在は「国家という法人の最高機関である」という憲法解釈の学説のことで、美濃部達吉という当時の最高権威とされた憲法学者らが提唱し、政界でも学会でも定説として認められていました。
 ところが、1935年2月、菊池武夫をはじめとする右派の政治家と、そのバックで反美濃部の理論構築を行っていた右翼活動家の蓑田胸喜らが、この「天皇機関説」を「天皇に対する侮辱だ」「不敬(天皇への敬意を欠いた態度)だ」と言いがかりをつけて攻撃し、それに全国の右翼団体や退役軍人などが賛同して、当時貴族院議員だった美濃部達吉へのすさまじいバッシングが起こりました。

 蓑田胸喜や菊池武夫らは、自分たちは「天皇を敬愛する側」であり、「天皇への無礼を天皇に代わって成敗する」というスタンスで、美濃部への政治的攻撃を繰り返し、その矛先は当時の首相だった岡田啓介にも向けられました。岡田首相は、最初は「憲法学説の問題は憲法学者に任せるべきで、政治が口出しすべきではない」との意見を表明していましたが、天皇機関説攻撃が全国規模で広まると、これを無視することができなくなります。
 その結果、岡田首相は蓑田らの恫喝に屈して、二度にわたる「国体明徴(国の在り方を明らかにする)声明」を出して、天皇機関説を政府として否定するという態度を示しました。それと共に、美濃部の憲法学説の著書三冊が閣議決定で発売禁止となり、別の二冊も内容の修正を命じられました。

 この天皇機関説事件は、現在では戦前の日本で「立憲主義」と「言論の自由」が奪われた大きな転機と見なされています。当時、天皇機関説を糾弾する右翼団体が、どんな言葉とテンション(感情的な度合い)で美濃部達吉と天皇機関説を「天皇への侮辱」として攻撃していたかは、当時の右翼団体が刊行していた出版物や、帝国議会(現在の国会)でのやりとりを報じた当時の新聞記事で知ることができます。

 例えば、美濃部攻撃の口火を切った貴族院議員の菊池武夫が会長を務めた右翼団体「勤王連盟」は、1935年4月に機関誌『勤王』を出版しましたが、副題に「天皇機関説排撃号」と銘打たれたこの号の巻頭言は、次のような凄まじい罵倒の言葉(筆者の署名はありませんが、菊池が心酔していた蓑田胸喜の言説と語彙やトーンがよく似ています)で美濃部と天皇機関説を激しく攻撃しました。

「国憲擁護!! 凶逆思想排撃!! 学匪(学問を利用した犯罪者)美濃部達吉の天皇機関説は我が国憲を紊り(秩序を乱し)、我が国体を破壊する凶逆不逞の悪思想たることは、もはや論議の余地なきところである。我ら忠誠なる大日本帝国臣民は、一斉に起ち上がってこの不純思想を根底より排撃撲滅して皇運無窮の基礎を確立しなくてはならない」

 陸軍大佐の小林順一郎も、1935年9月に上梓した『軍部と国体明徴問題』と題した著書の中で、次のような解釈を用いて天皇機関説の内容を曲解し、実際には美濃部が主張していないことを主張したかのように誇張して糾弾する手法(「わら人形論法」という詭弁術)で文を書いていました。

「(美濃部の天皇機関説は)『社長』が会社成立の為の一機関として、会社に帰属しているが如くに『天皇は国家の一機関として、憲法に規定してある制限されたる権能だけを持たれて国家に帰属されているものだ』というのだ。(略)国体破壊だ。議会が天皇の命令に服従せんでもよいということがある、というのは、とりも直さず一般国民としても天皇の命令に服従せんでもよいことがあると公言しているのと同じことじゃ」

 1935年3月12日の衆議院本会議では、政友会の右派議員である山本悌二郎議員が、天皇機関説に関して質問に立ち、国家が法人で天皇が機関であるという美濃部の説明は「天皇を会社の社長と同一視するものだ」という言いがかりの論法を展開し、次のような批判へと論理を飛躍させました。

「天皇の御地位も、会社の社長の地位も、その機関という点においては全然同一のものとなるではありませんか。さあこれで、天皇の尊厳が傷つけられず、これで国民の伝統的観念が攪乱されずにいられましょうか」

 これらが示すように、蓑田胸喜や菊池武夫などの天皇機関説を排撃する人士が、美濃部らを攻撃する際によく用いた論法は、相手が実際には否定も攻撃もしていない対象(たとえば天皇)を、論旨のねじ曲げや悪意による曲解などで、あたかも「否定・攻撃している」かのように見せかけ、その対象に関連する、本当は議論とは関係のない第三者を「対立の構図」に巻き込もうとするものでした。

 戦いにおいて「敵の敵は味方」という考え方がよく使われますが、天皇機関説を排撃する人士が論敵である美濃部達吉を攻撃する際に多用したのも、この構図と同様、自分と同じように「敵」を憎む人間を増やして、実質的な味方にするという手法でした。
 さまざまな立場にいる人間に対し、「美濃部はあなたの大切にする価値(たとえば天皇)をも毀損している」「よって美濃部はあなたにとっても敵である」という印象を植え付けることで、「敵(美濃部)の敵」すなわち天皇機関説を排撃する陣営の「味方」となる人間を増やしていったのです。

昭和天皇は右派の「天皇機関説排撃」をどう見ていたか

 それでは、当時の昭和天皇は、帝国議会の内外で繰り広げられていた「天皇機関説論争」を、どのように見ていたのでしょうか。

 日本の政治システムにおいて、天皇という存在をどのように位置づけるのかという問題は、当然のことながら、当事者である昭和天皇にとっても大きな関心事でした。そして、侍従武官長などが書き残した記録によれば、昭和天皇は美濃部の提唱する天皇機関説を、おおむね妥当な解釈であると認め、これを批判する勢力に厳しい視線を向けていました。
 菊池武夫が貴族院で、美濃部と天皇機関説を批判する演説を行った2月18日から三週間後の3月11日、昭和天皇は侍従武官長の本庄繁陸軍大将に、次のように述べました。

「自分の位はもちろん別ではあるが、肉体的には武官長(本庄)らと何ら変わるところがないはずである。従って機関説を排撃したいがために、自分をして動きの取れないものとすることは、精神的にも身体的にも迷惑の次第なり」(本庄繁『本庄日記』原書房、p.203より現代語訳)

 これを読むと、昭和天皇はかなり早い段階から、帝国議会での「天皇機関説排撃」の動きに不快感を抱いていたことがわかります。昭和天皇の「自分をして動きの取れないものとする」という言葉は、天皇機関説を排撃しようとする勢力が、その政治目的のために、自分の存在をむやみに絶対化、あるいは神格化する態度を指しているものと思われます。
 また、3月28日には、同じく本庄侍従武官長に「理論をきわめれば、結局は天皇主権説も天皇機関説も、帰するところは同一であると思われるが、労働条約やその他の債権問題のような国際関係の事柄は、機関説をもって説明する方が便利であろう」と述べていました(同、p.204)。

 そして、帝国在郷軍人会が4月15日に刊行した、天皇機関説を激烈な言葉で攻撃する内容のパンフレットに目を通した昭和天皇は、4月25日に侍従武官長の本庄繁に「こうした在郷軍人の行いはやりすぎではないのか」と質しました。

「軍部は機関説を排撃しつつ、しかもこのような、自分(昭和天皇)の意志にそぐわないこと(美濃部を攻撃するパンフレットの発行と配布)を勝手にやっているのは、自分を『機関』扱いすることに他ならないのではないか?」(同、p.208)

 5月22日にも、昭和天皇は出密海軍武官から海軍の天皇機関説に関する意向を聞いた上で、こう問いただしました。

「軍部が自分の意に従わずに、天皇主権説(最高決定権は天皇にあるとする、天皇機関説とは正反対の説)を言うのは、矛盾ではないのか?」(同、p.208)

 この昭和天皇の態度は、自分を「天皇の側に立つ者」と称し、特定の相手を「天皇を侮辱している」と決めつけて罵倒し、集団で政治的攻撃を行った右翼活動家や右派政治家の行動が、実際には昭和天皇の意向とは正反対であったこと、そして昭和天皇自身はそんな政治的攻撃を行う者に不快感を覚えていた事実を示しています。

 天皇機関説事件の顛末については、拙著『「天皇機関説」事件』(集英社新書、2017年)でより詳しく説明していますので、興味がおありの方は、ぜひそちらをお読みいただければと思います。
https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/review/161

今の天皇はリコール運動をどう見ているか

 それでは、高須克弥氏や河村たかし名古屋市長が今行っている、「天皇を侮辱している」という名目での大村愛知県知事に対するリコール運動は、今の天皇や上皇の目にどう映っているでしょうか。

 もちろん、その答えを我々が知ることはできません。天皇も上皇も、政治的な発言を憲法で禁止されている(第4条「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」)ので、高須克弥氏や河村たかし名古屋市長が行っているリコール運動について「どう思われますか?」と質問しても、答えを得ることはおそらく不可能です。
 ただ、天皇も上皇も、日本国憲法を尊重する理念を有していることは、折々の言葉が示唆しています。
 例えば、第二次安倍政権の発足から約一年後の2013年12月23日、現在の上皇(当時の天皇)は記者会見の中で、日本国憲法についての次のような認識を披露しました。

「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、さまざまな改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時のわが国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています」
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h25e.html

 今上天皇(当時の皇太子)も、2015年2月20日に宮内庁が発表した「皇太子殿下お誕生日に際し」との国民向けメッセージの中で、日本国憲法について次のように触れています。

「私は、常々、過去の天皇が歩んでこられた道と、天皇は日本国、そして国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致すよう心掛けております。(中略)
 我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています」
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h27az.html

 よく知られているように、日本国憲法の第21条には、次のような条文があります。

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」

 大村愛知県知事が、「あいちトリエンナーレ」の問題で下した諸々の決定は、この憲法第21条の主旨に沿うものでした。もし彼が、愛知県知事として、表現物の内容に干渉すれば、それは「検閲」になり、憲法違反の行動になってしまいます。大村知事自身も、2019年8月5日に行った記者会見で、次のように述べていました。

「これについて私の考えを申し上げたいと思います。
 今回の河村さんの一連の発言(企画展の展示中止を求めた発言)は、私は憲法違反の疑いが極めて濃厚ではないかというふうに思っております。
 憲法21条はですね、もう御案内のように『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する』。第2項で『検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない』というふうになっております。このポイントはですね、国家があらかじめ介入してコントロールすることはできない。要は、既存の概念や権力の在り方に異論を述べる自由を保障する。要は、公権力が思想内容の当否を判断すること自体が許されていないのですと。こういうふうな解説が大体通説って、定説なんでしょう、ということだと思っております。
(中略)
 最近の何かあれを見ると、税金でやるんだから、何か一番ひどいのはね、国の補助金もらうんだから国の方針に従うのは当たり前だろうというようなことを平気で書かれているところがありますけど、皆さんどう思われます、それ。本当にそう思います?私、全く真逆ではないかと思いますよ。税金でやるからこそ、むしろこの憲法21条はきっちりと守られなきゃいけないんじゃないでしょうか。何かこの数日間、ちょっと待てよとつらつら考えて、非常に違和感を覚えております。
 だから、この文書ね、河村さんから来た文書、何か河村さん得意げになっていろんなところで胸を張ってね、この発言をテレビの前で言われておりますけれどもね、カメラの前とか新聞で言われておりますけど、河村さんがこの実行委員会の会長代行なんですね。市長で、市の代表です。市の負担金2億円を含むこういう税金が使われるんだと。だから、今回のこの内容についてはね、この内容はここまでならいいけど、これ以上はいけないと書いてあるんですね、これ。中止しろと書いてあるわけですね。
 これはですね、河村さんはまさに市長さんで予算も出す、まさに権力者ですよ。公権力を使われる、公権力を行使される方ですね。公権力を持った方が、この内容はいい、この内容は悪いと言うのはですね、これは憲法21条に言う検閲ととられても仕方がないんじゃないでしょうか。検閲は、御案内のように、一番オーソドックスなのは事前検閲ですけれども、それは事後検閲だってありますからね、これね。これ、まさにやめろと言っているんですから、そういうことになるんじゃないですか。」
https://www.pref.aichi.jp/koho/kaiken/2019/08.05.html

 そして、高須克弥氏や河村たかし名古屋市長も含め、大村愛知県知事のリコール運動に参加する人々は誰も、大村知事の行動が法律違反や憲法違反であったとは指摘していないようです。具体的に、大村知事の行動が、どの法律や憲法の条文に違反しているとの指摘は、今のところなされていない模様です。

 長々と書いてきましたが、最後に、毎日新聞のサイトで2020年8月23日に公開された「愛知知事リコールは『愛国』か 民族派からも疑問の声 トリエンナーレ補助金」という記事に寄せた、私のコメントの一つをご紹介して、この投稿の締めくくりとします。
https://mainichi.jp/articles/20200822/k00/00m/040/209000c

 この記事で、私は上にも記した「天皇機関説事件」のあらましを紹介したあと、次のような言葉を述べました。

「『天皇を侮辱するな』と高飛車に語る人間こそ、実は天皇の意に反していることがあり得ることをこの事件は教えています」

 皆さんもぜひ、高須克弥氏や河村たかし名古屋市長が本当に「天皇」の味方なのかどうか、彼らの発言や行動などの事実を踏まえて、考えてみてください。

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戦史・紛争史研究家、文筆家