言葉定義の無理解は思考を曖昧にする(2)目的、目標
表題目「言葉定義の無理解は思考を曖昧にする」の第1回目(目的、目標)から、かなり間が空きました。
第1回で例として挙げた下記のうち、
1)目的(objective)と目標(goal)
2)問題(trouble / problem)と課題(issue)
3)アクシデント(accident)とインシデント(incident)←今回はここ
4)改善(improvement)と改革(innovation)、変革(transformation)
5)初歩(introduction / orientation)と基礎(basis / foundation)
6)学習(learning)と習得(acquisition)
7)戦術(tactics)と戦略(strategy)
2番目の「問題と課題」については、
元コンサルタントのつぶやき(2)正しい考え方、伝え方の心得<その2>
でかなり書きましたので、今回は3番目の「アクシデントとインシデント」について書きます。
● インシデントとアクシデントの定義と概念の難しさ ●
第1回目で上記の7種類を挙げた時、
「どの組み合わせも後ろにある単語が概念的にややこしい(難しい)」
と書きました。
今回で言うと、インシデントが難しい概念になります。
日本語で言うと、
インシデント : 事件
アクシデント : 事故
となります。
しかし、これだけだと良く分かりません。
重大インシデントと時々報道されるがアクシデントと違うのか?
ヒヤリハットとどう違うのか?
などなど。分かりにくい概念であることには間違いありません。
● ハインリッヒの法則(1:29:300の法則) ●
事故概念の理解で一番有名なのはハインリッヒの法則だと思います。企業などの労働災害を扱う現場ではよく言われることで、企業勤めをしていなくても、よく耳にする経験則を基にした内容です。
一般的には以下のような説明がされます。
<1件の重大事故(重大な損害となった事故)が起こった背景には、
軽微で済んだ29件の事故(小規模な損害となった事故)、
そして事故寸前の300件の異常(損害のない事故)が隠れている>
これだと、インシデント概念が出てこず、すべてを「Injury(損害)」「Accident(事故)」で記述しているので、インシデントとの関係が分かりません。
私は、以下のような理解をしています(図は筆者が作成)。
トップ層の1件はもちろん Accident(事故)です。
当然ながら重大な損害(Injury)も伴います。
2層目3層目は Incident(事件)です。
(「事故」という氷山の水面下にある表面化しにくいもの)
但し、2層目はトップ層ほど損害は大きくはないものの、重大インシデントと呼んでも良いと思います。3層目は損害のない事件です。
こう理解すると、突発事象(事件)が起きた時の企業等の行動が理解しやすいと思います。何かのトラブルが発生すると(例.医療過誤問題、鉄道トラブル、航空機トラブル等)、明らかに「事故」と目される場合(例.爆発事故、墜落事故等)を除き、損害規模や周辺事情の調査が終わるまでは「インシデント(事件)」として扱われるのが普通です。
よくマスコミ報道で事件当事者が「インシデント」と言うのを見て、「他人事のようでけしからん」と憤慨する人がいます。しかし、明らかな事故でない限りは、調査、確認が済むまではインシデント(事件)扱いするのはやむを得ないことだと分かります。
なお、上記では重大インシデントと[一般]インシデントの区別を、ハインリッヒの法則にならって「小規模損害があるか否か」で区分しました。
この伝で航空機トラブルについていうと、
●アクシデント(事故) ー> 墜落、空中分解、行方不明等。
●重大インシデント ー> ニアミス、異常警告発生、不時着陸等。
●[一般]インシデント ー> その他もろもろ(例.重大遅延他)。
になるかと思います。
また、医療トラブルでいうと、
●アクシデント(事故) -> 医療行為ミスで重大な損害が発生。
(例.患者死亡、不要手術が必要になった、後遺障害が残った等)
●重大インシデント -> 本来不必要だった処置が必要になった等。
●[一般]インシデント -> 患者に影響はなかったが誤った処置をした等。
と理解できます。
なお、アクシデント認定には過失の有無は関係しません。また、作為不作為問題も関係しません。
(例.不作為 = 本来やってしかるべきことをやらなかった。)
● ヒヤリハットとインシデントの違い ●
インシデントの説明で、ヒヤリハットのこと、と解説してるものがよくあります。ハインリッヒの法則を説明する場合も、最下位の300件はヒヤリハットである、という言い方をしていたりします。
しかし、インシデントとヒヤリハットは異なります。
「ヒヤリハット」は、ハッとする人、が主語になっています。従って、当事者が気づきうるものが対象になります。
しかし「インシデント」は、単なる事件なので人が気づかない(気づく可能性は事件が起きるまでほぼゼロの)ものも入ります。
例として、2009年1月15日:USエアウェイズ1549便不時着水事故(通称ハドソン川の奇跡)が挙げられると思います。ニューヨークのラガーディア空港を離陸後、すぐバードストライク(鳥の群れがエンジンに飛び込む事件)を受け、全エンジン機能停止になった同便は、ハドソン川に不時着水しました。機長をはじめクルー全員の努力で乗客・乗員155人は無事生還します。これなどは過失もないし、作為・不作為でもないし、コックピットクルーには予期もできない緊急事態(重大インシデント)だったと考えられます。
ただ、死傷者はゼロでも航空機は不時着水で全損壊したこと、など損害規模の大きさからアクシデント(事故)と言われてるのだと思います。
(US Airways Flight 1549(英文wiki))
もちろん、事故の場合だけではなく重大インシデントや[一般]インシデントにおいても、真の発生原因(真因)の追求を徹底して行い、再発防止策をきちんと考えることは極めて重要です。この真因分析の過程で、「目に見えない(当事者が現場で気づきえない)」他の関係者の過失や手順の誤り、設計ミス等が出てくることはよくあります。
しかしこれらは事故や事件(インシデント)の初動対応が終わった後に行われるべきものであって、インシデントの進行過程や、インシデントの初動対応が終わる前にこれら分析と再発防止策を考え始めるのは、本末転倒です。
映画の一場面で、重大インシデントに直面した無能な管理職が、インシデントの初動対応をせずに、誰が悪い何が悪い、とやりだして顰蹙を買うのはこういうことだと言えます。
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