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【ショートショート】完璧な彼女の唯一の弱点

 白鳥玲子は全てにおいて完璧だ。成績優秀、眉目秀麗、両親共に資産家で、生まれながらのお嬢様。優雅な所作に堂々とした態度。一分たりとも隙を見せない。そんな彼女だから周りはしばしば圧倒され、時には謂れのない悪口を言う阿呆すら現れる始末だった。

 そんな白鳥玲子にも、たったひとつだけ弱点がある、と言われている。

「ねぇ、あきのさん。聞いていらして?」

 それが彼女だ。和泉あきの。白鳥と同じ18歳。涼やかな顔をして誰が相手でもつんと突き放す。そんな彼女が白鳥玲子の弱点らしい。もっとも高尾は、そんな話を聞いても今ひとつピンと来ていない。和泉と相対する時の白鳥玲子は、いつもの如く凛として、堂々たる態度を崩さないからだ。和泉もつんとした態度が他の女子の気に障るらしい程度で、相手が白鳥だからと遠慮するような気配はない。クラスの隅で彼女らを眺めるだけの負け組男子としては、どちらもカッコいいよなーくらいにしか思わないのだが。それでも白鳥の取り巻きは密やかな声で噂する。和泉あきのは白鳥玲子の唯一の弱点だ、と。

 まぁ確かに、白鳥が特定の生徒を名前で呼ぶのは珍しい。他の生徒は、取り巻きだろうがなんだろうが、一律で苗字呼びで固定なのだ。なぜ和泉だけ名前呼びなのだろうかとはちょっと思わなくもない。相手はお堅い委員長。華やかな白鳥とは対照的で、クラスメイトである以上の接点はないように思える。和泉はいいとこのお嬢さんという訳でもないらしいから、家の繋がりという訳でもなさそうだ。白鳥の取り巻きがうるさいせいで、高尾まで無駄に詳しくなってしまった。

 そんなある日、すっかり陽も暮れた後のこと。高尾は忘れ物をしたことに気付き、慌てて教室に取って返していた。なんか荷物が軽いと思ったら、よりにもよってスマホを忘れた。一晩くらいスマホがなくても等と思うなかれ、高尾は最近、隣のクラスの女子と付き合い始めたばかりである。夜寝る直前まで彼女と連絡を取っていたい。そんな訳で、彼は駅から徒歩15分の距離を、猛然とダッシュして学校まで引き返してきたところだった。お陰で教室に辿り着いた時にはすっかり息が上がっていて、他の物音など聞こえる状態ではなかったのだ。

 だから高尾は、教室内の密やかな話し声に気付くこともなく、それはもう勢い良く教室のドアを開け放った訳だったのだが。

 そのままの勢いで飛び込んだ教室の片隅には、女子がいた。白鳥玲子、和泉あきの。クラスでも目立つ女子ふたり。その女子生徒達が窓際で抱き合っていた。まるで、和泉が白鳥を守るかのようにして……。

「……あ、えっと……」
「た、高尾さん、あの、これは……」
「高尾君、どうしたの」

 真っ赤になって狼狽える白鳥を腕に閉じ込めたまま、和泉がきつい口調で言った。高尾は高尾で、自分が何を見ているのかよく分からず、目が点になっていた。

「いや、あの、スマホ、忘れて、取りに来た、とこ、なんだけど」
「そう。そろそろ生徒は帰宅する時間よ。急いで」
「お、おう……」

 とは言うものの、目の前の状況が飲み込めない。白鳥はといえば、先程より身を小さく縮めて、和泉の腕の中に囚われたままだ。……いびられている感じじゃない。むしろあの抱き合い方は、恋人同士のそれのような……。

「ふたりの方こそ、なにやってんの」

 思わず高尾は聞いてしまった。馬鹿正直にも程がある。白鳥の顔が一瞬で更に赤くなった。だが一方の和泉はいつもの如くたじろがない。

「何をしていようと、私達の勝手でしょう」

 まぁ、それはそうだが。相変わらず委員長は物言いがきつい。高尾は自分が悪いことをしてしまった気になってくる。

「わ、わたくし達も、そろそろ帰宅の準備をいたしませんと」

 白鳥が絞り出したような小さな声で言った。こんな白鳥の姿は初めて見た。ようやく和泉から距離を取られると、何やらちらちらと高尾の方を見ながら自分の机へと向かっていく。そんな彼女を置き去りに、和泉はさっさと「先に帰ります」と教室を後にしてしまった。あ、あきのさん……! という白鳥のなんとも情けない声が後を追う。

「た、高尾さん、あの……」
「う、うん」

 相変わらずもじもじしていた白鳥が、不意に凛とした様子で顔を上げた。いつもの白鳥だ。まぁ、まだ顔は赤いままだが。

「高尾さん、今ご覧になったことは決して他言しないで下さいますね?」
「えっ?」
「お約束頂けますこと?」
「まぁ、いいけど、別に」
「ありがとうございます」

 ぺこり、と礼儀正しく頭を下げる。そうして荷物を取り、優雅に教室を出ていく様は、ぱっと見いつもの白鳥玲子、だったけれども。

 和泉と抱き合ってこちらを見ていた時の白鳥は、まるで別人のように、どこかあどけない可愛らしさがあった。白鳥の背中を見ながら、さすがの高尾も察してしまう。多分あのふたり、マジで恋人同士なんだろうなー、と。

 弱点かー、と高尾はなんともなしに思う。確かにいつものお嬢様然とした白鳥を通常運転とするのなら、和泉とふたりきりの時の白鳥はちょっと普通とは違うかもしれない。多分、いつも取り巻きがうろうろしているせいで、他の奴にもさっきみたいな場面を見られたことがあるのだろう。隠したいなら教室でイチャつくのは悪手としか言いようがないが、その辺は一体どうなんだろう? しっかり者同士のカップルにしては詰めが甘いというか。

 ま、俺には関係ないけどな。ようやく落ち着いて机からスマホを取り出すと、可愛い彼女からいくつかラインが入っていた。俺もカノジョのこと抱き締めてぇな〜。先程のふたりの姿を頭の隅に思い浮かべながら、なんとなくそんなことを考える高尾であった。

1月18日/グズマニア
「完璧」

【誕生花の花言葉で即興SS】

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