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コラム|悩んで足掻いて決断し自立した、人生史上最もドタバタの2023

怒涛の2023年が過ぎ去りました。
2023年は変化が多い年でした。そしてそれは2024年も続きます。
2022年に引き続き、事業会社でパートとして勤務していた2023年。何があったか簡単に書いていきます。

01. ワンオペ孤立

2021年からですが、とにかく夫が激務すぎて帰宅が遅い。日付がまわってからの帰宅も少なくない日々。
娘の送迎、お世話、日々の家事を全て担いつつのパート勤務。今年は個人的にお声がけいただきお仕事させていただくことも多かったため、嬉しくも忙しい日々が続きました。

そんな中頼りにしていたのは近くに住む義理母です。義理母はとてもとても良い人で、月に数回は必ず娘を丸一日預かってくれます。娘が義理母の家にいる間に個人仕事を進め、その他の雑務を全て片付け、それでなんとか日々が回っていました。

それが、2023年の春から頼れなくなりました。
夫と義理父(夫の実父)が大喧嘩をしたのです。それはそれはもう大きな喧嘩を。義理父はこうと決めたら突き進むタイプの性格で、人とぶつかることは日常茶飯事で、いつも誰かと喧嘩していました。その矛先が我が家に向いたのです。

喧嘩の理由は、我が家の庭の手入れについて。
我が家は義理父の実家が建っていた土地に家を建てたのですが、田舎なので昔からの立派な庭が残っています。働き盛りの私たち夫婦にそれを手入れする時間はなく、庭の剪定等の仕事をしていた義理父が時々来ては手入れをしていました。
数年前、妊娠中の頃は義理父はアポなしで朝から庭にいることも多く、毎朝「今朝も庭にいるんじゃないか…」と動悸がしていたのが懐かしいです。義理母に相談してからは義理母経由で事前連絡をくれるようになりました。
庭の手入れについては一度もこちらからお願いしておらず、義理父曰く「庭がきちんと手入れされていないと近所から笑われるから」とのことでした。
こういう考え方はこの地域で根付いており、私たちと似た年代の人は大なり小なり同じように親御さんと喧嘩になっていると聞きます。
大なり小なりというのは、親か子のどちらかが譲歩しているということです。私たち家族も、家を建てて数年はお互いに譲歩していました。それが2023年は崩れてしまったのです。
夫の激務、義理父の喧嘩の矛先が我が家に向いたことで。
義理父が夫(実の息子)に庭や家の件で連絡しても、激務すぎて返信を忘れてしまう。返信が遅くなる。
家に関わる本当に大事な話は私を通さずに当事者同士で話してほしい(言った言わないの伝言ゲームでトラブる※経験済み)ので、私も「用がある時は夫に直接連絡してください」とお願いしていました。
そのため息子からの返信が返ってこない・遅いことが原因で関係性が悪くなり、ある日それが爆発しました。

そして、土地は義理父のものだから家から出て行けと言われました。
孫とも縁を切ると言われました。
娘を可愛がってくれていた義理母は反対してくれましたが、義理父の勢いは止まりませんでした。
結果、絶縁状態となり、私たち家族は義理母と会えなくなりました。
例年、春は夏納品の個人仕事が集中するので忙しくなるのですが、頼みの綱だった義理母の子守りが頼れなくなったのです。
私の朝から夜まで休日なしワンオペが幕を開けました。

02. 地域の役員を複数兼業することになる

私と娘の癒しでありアイドルであり頼れる存在だった義理母が頼れなくなる少し前、我が家に地域の役員が回ってきました。
それも週2で仕事がある役員と、配り物や集金・集会が定期的にある役員、そしてもうひとつ時々仕事がある役員の3つです。
週2の役員仕事と配り物・集金は我が家の誰がやるか。もちろん私です。
夫では担当できない時間での業務のため、全て私が背負うことになりました。流石にきついので、集会など顔出しをしなければいけない役員業務は夫に休みを調整してもらって出てもらいました。

朝に家事を済ませ娘を保育園へ送り、週2で役員仕事をして出勤。退勤後は娘をお迎えして食事とお風呂、洗濯物をとり込み寝かしつけ。深夜か早朝に起きて仕事と勉強。
それが私の2023年の基本ルーティーンでした。

03. 在宅に切り替える決意をする

そんな日々が続いて、あっという間に夏が過ぎました。
親子喧嘩は収まらず、数年前に建てた我が家を売り払う話にまで発展。話は省きますが、義理父から夫宛に頻繁に脅迫まがいの連絡が届く日々が数ヶ月続いていました。ストレスで食事が喉を通らない時期もありました。
家を売り払うということは、引っ越ししなければいけないということです。
今の職場から遠くなる、保育園も変わる、負担は変わらず私にのしかかる。
今の生活では成り立たなくなると思いました。
少しでも私自身が自由に動ける時間が欲しい。それは切実な願いでした。

04. 転職活動をする

私は在宅で働ける仕事を探し始めました。幸いなことにポートフォリオサイトをリニューアルさせたところだったので、募集先に合わせて毎回内容等を変えて求人に応募を続けました。
コロナ禍で増えたリモートワーク求人が、自粛解除モードで激減している中での仕事探しは難航しました。私のスキル、経験では書類選考が通りません。憧れの制作会社も、事業会社も、条件的に合いそうな会社も、応募するたび選考外通知が届きます。
もう何件選考外になったかもわからなくなった頃、1件の事業会社が興味を持ってくださいました。
そして、運よくそちらでフルリモートのパートとして働かせていただけることになりました。

05. 在宅勤務のスタートと開業届の提出

そうしてフルリモートでの勤務が秋から始まりました。
通勤にかかっていた時間がなくなっただけで、精神的にだいぶ楽に。
ただ、勤務条件的に社会保険加入はできなかったので、個人での仕事が今年は多かったこともあり開業届を出すことになりました。
パートで子供優先で働いていこうとずっと思っていたんですが、私生活での負担、義理父とのこともあり、開業届を出して気合を入れることにより経済的に自立を目指すことを決意しました。

そこからは手続きラッシュ。
開業届の手続きと同時に、タイミング的に入ってしまおうとインボイスにも登録。さらには屋号のビジネス用口座を新たに開設。
パートで契約したものの、最終的には業務委託契約を結び直しました。
こうして、当初全くその気はなかったものの個人事業主となりました。

06. 勉強の日々

フルリモートで働くようになってから、本当にたくさんの仕事をしました。
一緒にお仕事をした方からのご紹介により、ご縁も増えました。
依頼に応えるためには勉強が必要な業務も多く、プライベートの面では精神的に楽になったものの、仕事的には緊張する毎日です。

業務内容の勘違いがお互いに起こらないように、できるだけ細かく聞いたりテキストに残したり、質問前に調べたり。納品物の質はもちろん、日々の報連相でトラブルが起こらないように気をつけて業務に取り組んでいます。
そんな私の仕事の文章は少ししつこいくらい細かいかもしれません。。
私ひとりしかいないからこそ責任も重大だし、ミスがないようにしなければいけない。ミスがあればすぐに謝罪し修正する。誠心誠意、取り組む。

納品物を喜んでいただける時は素直に嬉しいし、反応がイマイチの時は落ち込みます。そしてどちらにせよそれで終わりにはせず、改善点を考えます。
毎日が必死でした。

07. そして2024年へ

毎日生活と仕事に追われるうちに、いつの間にか2024年が明けていました。
早かった。本当に早かった。
今年は娘の進級に合わせて引っ越しがあります。
引っ越しの準備、住所の変更届の提出、新しい保育園用の準備、引っ越し前後のご近所への挨拶まわり、役員の引き継ぎ、確定申告。
仕事以外に対応しなければいけないことがてんこ盛りです。

でも、せっかく勢いに乗りつつある仕事のペースを落としたくないので仕事も頑張ります。今の仕事が好きですし、取引先も良い方なので期待に応え続けたいです。でも、業務委託はいつまで仕事があるかわからないので、営業も頑張らないといけません。
誰かに紹介していただいたら私もご縁を返していきたいし、やりたいことがたくさんあります。

2024年は、

  • 仕事の質を上げること

  • 安定した仕事を得ること

  • 家族のケア

この3つに集中していきたいと思っています。
どこまでできるかわからないけど、開業1年目、頑張りどきです。
幸いなことに心身は頑丈です。
気合を入れて、たまには息抜きしつつ今年も駆け抜けようと思います。
落ち着いたら、引っ越しのドタバタを漫画にしてネタとして昇華させるんだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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