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住めばミヤコ?

2020年、コロナ禍の混沌が東京の街を包んでいた初秋に引越しをした。
とはいえ、以前の家から徒歩でも15分掛からないところであったが、全てのモノの見方が一変する出来事だった。

信頼と憧れを抱かずにはいられない、デザイナーの方からの誘い。
初めて訪れた時に感じた、長らく人の呼吸がなかった気配が明らかなその空間。多分、ほどんどの人が見たら「住む」という言葉よりも、どう「取り壊すか」という言葉が思い浮かぶであろう。

下町に残る木造の町屋は、ほとんどその当時の姿を残していて、都会に限らず現代の時間の刻みとは大きく異なる。しかし、不思議と戸を潜った瞬間に心が共鳴し、ここに住む事になるだろうと直感した事を今でも鮮明に覚えている。

そこから色々な事がありつつ、新年を迎え四季が一巡するなかで痛感したのは、何よりも冬のこの時期(1月半ばから2月後半)の厳しい寒さ。これは東京23区で経験することはないだろうと断言出来る。外の方が温かく感じる事は日常茶飯事である。

自分が生まれた頃には、今住んでいるような木造の町屋は普通にあったが、皆この寒さに耐えていたのだと驚く。

しかし、この貴重な経験は、自分の中に二つの変化と気付きをもたらしてくれた。

❶寒さへの順応
幼少から、「また痩せた?」とよく聞かれるポッキーの自分は、もちろん寒さにも弱かった。だが今では、北海道の吹雪の中や地方の日本家屋、神社仏閣を訪れても、周りが寒い寒いという中で、一人心の中で温もりを感じられる様になった。

❷光と空気
一昔前まで、つまり、蛍光灯に生活を委ねる前の日本人が過ごしていた環境の中で「美しさ」と向き合いたいという欲求で移り住んだが、その想いとは異なり「情緒」では無く、明確かつ圧倒的な魅力を実感出来ている。その魅力とは自然光の美しさ。そして、湯気、煙などの曖昧な境界線をもつ、自然界に溢れている繊細な景色への気付きである。

前記は、非日常の中で身体に負荷を掛けて肉体を鍛え上げてゆくのでは無く、1日1日と移ろいゆく季節に緩やかに順応する心地よい変化であり、それは冬だけに限らず、四季折々に自分の心身が自然に寄り添ってゆくような変化である。

後記は、当初からイメージはしていたが、その予想を遥かに超え、美しさの本質を気付かせてくれた。特に、お茶と香りに向き合うには最適な環境であったと言える。

この中で過ごすと自然に呼吸が整い、合わせて心も静けさを取り戻す。
そうすることで、繊細な味のレイヤーや香りの移ろい、湯気や煙の揺らぎの解像度が信じられないくらい鮮明に上がるのである。

「どうしたら美味しいお茶を飲めますか?」「香りはどこで嗅ぐのがおすすめですか?」という問いを頂戴する事が多い。自論ではあるが、このような環境でお茶を飲み香りを楽しむ事が、何よりもシンプルで全ての人に上質な変化を感じて頂くことが出来ると思う。

カーテンも無く、サッシも全て木で統一し、天井の梁もあらわになっている我がお江戸の住まい(お茶と香りの実験空間)。話しのネタにコト欠かないので、これからも少しづつお話し出来たらと思っている。

今日も焙じ茶のサンプルを啜りながら、春の兆しを文字通り一日千秋の思いで待ち焦がれるのである。

photo by @simizoo_

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