あなたはこうやって結婚生活に失敗する(5)の2
それから1週間を過ぎた頃、ご主人が帰宅するとあなたに問いかけてきました。
「なぁ、お袋のとこになんか連絡した?」
突然の問いかけにあなたは戸惑います。
ご主人の話では、今日お義母さまがご主人の携帯に連絡をしてきたそうです。あなたが「全然連絡をくれないこと」を遠まわしに責めていたようでした。ご主人は不機嫌そうな表情で続けます。
「前に話してた塾のパンフレット、あれもらいに行ってきてくれよ」
あなたは自分の気持ちを正直に話します。
「わたし、塾は必要ないと思うの」
ご主人はネクタイを外しながら言います。
「そんなのどうでもいいんだ。ただパンフレットをもらいに行けばお袋も気が済むからさ」
ご主人の言葉にあなたは思いました。
「『どうでもいい』なら行く必要がない…じゃない」
あなたは心の中で「思いました」が口に出しては言いませんでした。あなたのご両親の忠告が頭に浮かんだからです。
結局、ご主人に押し切られる感じで次週の水曜日に義母のところへ行くことになりました。しかし、あなたは本当は気が進みません。
当日、あなたはお子さんを連れて重い足取りで義母宅へ出向きます。お義母さまは笑顔で迎えてくれました。ご主人に「催促の電話をしたこと」などなにもなかったかのように…。
お義母さまの話に頷きながらもあなたは少しの抵抗を試みます。例えば、お子さんに向かって話すようにして自分の考えを婉曲に義母に伝えました。
「ねぇ、塾なんか行かなくてもいいよねぇ」
さすがはあなたのお子さんです。まるであなたの意図がわかるかのように大きく頷き返事をしました。それを見たお義母さんはあなたのお子さんを翻意させるかのように話します。
「それはお母さんの考えよねぇ。塾に行ってると幼稚園でも優等生になれるのよぉ」
お子さんはお義母さんの言葉にも頷きました。まるで嫁と姑の反目を生じさせないように気を使っているかのようでした。さすがはあなたのお子さんです。
あなたはわかっていました。義母の話が義姉の受け売りであることを。
親族が集まった席で、義姉がことあるごとに塾の重要性を義母に吹き込んでいる場面を見ていたからです。
義母は延々と塾の重要性をあなたに話して聞かせました。それに対して、あなたは幾度か婉曲的に塾の不必要性を訴えました。もちろんあなたの考えを受け入れる義母ではありませんでした。
結局、2時間ほどの在宅だったでしょうか。なんとかその日は表立った対立を避けつつ帰宅することができました。そして、帰りの電車の中で疲れがドッと出たことはあなたの予想どおりでした。
それからまた1週間後、ご主人が遅い晩ご飯を食べながらあなたに話しかけてきます。
「どの塾にするか決めた?」
あなたはご主人の話し方に不信感を持ちます。「塾に行くこと」が既成事実のような話し方だったからです。あなたは反論します。
「まるで塾に行くのが決まったかのような言い方ね」
あなたの話し方が嫌味っぽかったからでしょうか。ご主人はあなたの反論に口調が強くなりました。
「その言い方はなんだ!」
あなたもご主人の強い口調に心穏やかではいられませんでした。
「あなたこそ、なによ!さっきの言い方」
ご主人が、これまでにあなたに対して不満を持っていたことをあなたは感じていました。その不満があなたへの強い口調とさせたのでしょう。しかし、あなたも日ごろのストレスが溜まっていました。先日の義母宅訪問以来あなたは毎日を悶々と過ごしていたのです。
「なぜ、義父母が私たちの子供の教育について干渉してくるのか」
これがあなたのストレスの根本となっていました。怒りが怒りを誘引ことがあります。あなたは先ほどの自分の言葉が引き金を引いてしまいました。
「あなたしっかりしてよ! 自分の子供の教育にあなたの実家が口を挟むのを黙って見過ごすつもり! それでもあなた親なの!」
世の中には売り言葉に買い言葉があります。自分の実家について非難されたことがご主人の引き金を引きました。
「ふざけるな! ウチの親はおまえが教育にだらしないから心配して言ってくれてるんだろ! 感謝されても非難される覚えはないぞ!」
この日の言い争いは1時間以上続きました。その夜、ご主人は居間のソファに寝ました。翌日、あなたが目覚めるとご主人は会社に出かけたあとでした。
言葉は不思議なコミュニケーションの道具です。ときに人を癒し、ときに人を傷つけます。そして人を傷つける言葉は必ずや心のしこりとなって残ります。得てして言ったほうは忘れてしまっても言われたほうはずっと心に刻みつけているものです。
これがきっかけであなたはご主人の義母からも叱責され、そして本来ならあなたの盾になってくれるはずのご主人も義父母の擁護に回りあなたは孤立してしまいます。
数度の義父母との言い争いのあと、ご主人は自宅に帰らない日が度々あり、ついには全く帰らなくなりました。数週間後、そのご主人から電話がかかってきます。
「俺たち、将来的に続かないと思うよ…」
ご主人からの電話を切ったあとあなたは今回の争いを思い返します。きっかけは子供の塾のことでした。たったそんなことで夫婦の間に亀裂が入るなんて…。
あなたこうやって結婚生活に失敗します。
たかが塾、されど塾です。たかが教育ですが、されど教育です。子供をどのように育てるかはそれぞれの人生観により決定されるものです。そして人生観は育った環境によって形成されます。育った環境が違う二人が子育てをするとき、折り合いをよほどうまくつけられないなら決定的な破滅を向かえるでしょう。
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