あなたはこうやって結婚生活に失敗する(12)の1

結婚1ヶ月

結婚行事も一通り終わり安堵しているあなた。

あなたは新婚気分を満喫しています。仕事を終えて家に向かうのが待ち遠しくてそしてうれしくて仕方ありません。仕事から帰って来て、マンションの前に立ち止まり自分の部屋の窓に明かりが灯っているのを見ることがなにより幸せなあなたでした。

仕事場では周りの人たちから「よっ、新婚さん」とからかわれることにさえ喜びを感じていたあなたでした。あなたは自分の結婚が「正解」だったことを身を持って感じていました。ただ一つ、奥さんの料理のことを除けば…。

つき合っていた当時、食事はなんども一緒にしました。高級なレストランにも行きましたし庶民的な食堂やラーメン屋にも行きました。そのときはあなたの味覚と奥さんの味覚に違いはありませんでした。あなたが「おいしい」と思った料理は奥さんも同じような感想を持ちました。また、奥さんが「今ひとつ」と感じた料理に対してあなたも同じように感じていました。二人の味に対する嗜好は全く同じであるようにあなたは思っていました。

そんなあなたが最初に「あれ?」と思ったのは新婚旅行から帰って来た翌日でした。

朝、あなたは初めて奥さんの味噌汁を飲みます。ナメコが入ったとろりとした味噌汁でした。あなたは今まで、朝食時にナメコが入った味噌汁を飲んだことはありません。それはあなたのお母さんが「ナメコ入り」味噌汁を作ったことがなかったからです。いえ、これは正しい言い方ではありません。あなたのお母さんも「ナメコ入り」味噌汁を作ったことはありますが、それは夕食時に作る年に数回のことでした。あなたのお母さんは、朝の味噌汁が「ナメコ入り」であったためしは一度もありませんでした。あなたのお母さんが毎朝食卓に出す味噌汁の具はいつもワカメでした。

あなたは四半世紀の間、毎朝飲んでいた味噌汁の味に慣れていました。朝の味噌汁の具は「ワカメ」でなくてはなりせんでした。それでもあなたは奥さんが出した「ナメコ入り」味噌汁をなにも言わずに飲みました。けれど、飲み干したわけではありません。お椀の底のほうに少しだけナメコを残してしまいました。ナメコのヌルリ感を朝食時にはどうしても受け入れられなかったからです。

その翌日、やはり朝の味噌汁は「ナメコ入り」でした。そのときも、あなたはなにも言わず飲みました。けれどやはり「飲み干し」はしませんでした。昨日より少し多めに残しました。

またその翌日、朝の味噌汁はやはり「ナメコ入り」でした。しかも前日、前々日よりナメコの量が多いような気がしました。あなたはもちろん全部を飲み干すことはできませんでした。と言うよりは飲み干す気持ちになれませんでした。

その日の晩ご飯のあとあなたは奥さんに聞こえるともなく独り言のように呟きます。

「明日から…、朝はパンにしようかな…」

あなたの唐突な言葉に奥さんは怪訝な表情をしました。けれどすぐに笑顔になり返事をします。

「ああ、それもいいかもね。それじゃ目玉焼きもつけるわね」

「うれしいなぁ。明日の朝食が楽しみだ」

もしほかの誰かが二人の会話の光景を見ていたなら、楽しそうに会話をしているように感じたでしょう。しかし、あなたの心は楽しいとばかりは言えないものでした。

翌日。

あなたは目が覚めると食卓の椅子に座ります。あなたは、起き掛けの表情をしてはいましたが、実際は頭の細胞は冴え渡っていました。それは昨晩の会話のせいです。あなたは、あなたが「パンにしようかな」と言ったときの奥さんの怪訝そうな表情を気にしていたからです。

あなたが座ってすぐに奥さんが食パンをお皿に乗せて持ってきました。そしてマーガリンとイチゴジャムもあなたの前に置きました。あなたはマーガリンを塗ろうとして戸惑います。パンの焦げ目が弱いのです。これではマーガリンがうまく塗れません。あなたは奥さんのほうを見遣りました。奥さんはガス台の前に立ち、あなたに背中を向け調理をしていました。あなたは手早くマーガリンを塗りジャムを乗せパンを口に運びました。もちろんマーガリンはあまり塗られていません。

しばらくすると、奥さんが目玉焼きを持ってきました。食パンを食べるときにおかずにする目玉焼きはあなたの定番でもあります。あなたにとって食パンと目玉焼きはセットになっているのでした。あなたはお礼の言葉を奥さんにかけます。そしてお箸で目玉焼きの黄身の部分を潰そうとして、そこで一瞬お箸を止めてしまいました。

…黄身が固いのです。

あなたが今まで食べていた目玉焼きは半熟より生っぽい黄身でした。お箸の先で黄色い部分をつつくと中から半液体状の黄身がとろけて出てくる目玉焼きです。あなたは奥さんの視線を感じました。奥さんは調理の片づけをしながらあなたの一挙手一投足に神経を尖らせていたのです。

あなたはなにごともなかったかのように朝食を済ませました。

とにかくこのようにして生活していましたが、あなたはやはりストレスが溜まります。会社の先輩と飲みに行ったとき、つい愚痴もこぼしてしまいます。あなたの相談とも愚痴ともつかない話に、酔った先輩はけしかけます。

「おい、料理は大切だぞぉ。おまえは自分の家庭を持ったんだからおまえ好みの味を奥さんに作らせればいいんだ。男たるものそのくらいできなくて大黒柱の威厳が泣くぞぉ」

あなたは先輩の言葉が身に染みます。

「そうだよな。女房は旦那に合わせるのが本当の妻だよな…」

あなたは奥さんに料理の味について、正直な気持ちを話すことに決めました。

つづく。

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