あなたはこうやって結婚生活に失敗する(13)の2
次の休みの日に、あなたは同僚とゴルフに行くことになりました。あなたとしては奥さんに対して申し訳ない気持ちがなくはありませんでした。自分一人で出かけることにやましさが少しばかりあったからです。あなたは申し訳なさそうに奥さんにお伺いを立てました。しかしあなたの心配とは裏腹に、奥さんは不機嫌になるでもなく普通に答えます。
「ちょうどよかった。私も学生時代の友だちと会う約束したのよ」
あなたは肩透かしを食らった気分です。
…その日のスコアはあまりいいものではありませんでした。
あなたがゴルフから戻ると家の電気はまだ点いていませんでした。あなたは自分で鍵を開け電気を点け冷蔵庫の中を見ました。冷蔵庫にはご飯のおかずになりそうな食品はなにもありませんでした。仕方なくあなたは即席ラーメンを作り食べます。そこへ奥さんが帰ってきました。
「ごめんねぇ。ラーメン食べてるの? ちゃんと作れた?」
奥さんは機嫌よさそうにあなたに話しかけてきました。奥さんは着替えてくるとあなたに友だちとの楽しかった会話を聞かせてくれました。とても楽しそうに話してくれました。そのときの笑顔は最近では見られない笑顔でした。「最近」なのです。以前はあなたと一緒にいるときはいつも見せていた、その笑顔です。
?
ある日、会社で飲み会がありました。あなたの課の親睦を計る意味で課長が提案した飲み会です。だいたいこのような趣旨の飲み会は課長が飲みたいときに行われます。つまりは課長がコツコツ貯めた交際費がある程度貯まったときに催されます。出席するのは課の半分くらいでしょうか。以前のあなたでしたら会社でのこうした飲み会に参加することはほとんどありませんでした。会社の同僚と飲むよりは奥さんと一緒にいたほうが楽しかったからです。しかし、最近のあなたは出席するようになっていました。
飲み会も中ごろになった頃、あなたの前の席に新入女性社員がやってきました。いつもの笑顔で話しかけてきました。
「お噂は聞いております。先輩はすごい恋愛で結婚したそうですね。それに奥様もおきれいな方のようで…」
飲み会では盛り上がるのがお約束です。あなたは新入女性社員に話を合わせます。
「おお、うれしいこと言ってくれるねぇ。俺、今でも奥さんと大恋愛中ー!」
大きな声で叫ぶように言いました。それに合わせるように隣に座っていた後輩も一緒になって叫びます。
「ホント、先輩たちは僕の理想の夫婦ですー!」
飲み会のあと、あなたは電車の中で虚しさを感じていました。
「奥さんと大恋愛中、か…」
マンションに近づいたところであなたは立ち止まり家の窓を眺めます。電気は点いていません。
あなたはドアの鍵を開け中に入ります。台所の豆電球だけが小さく点灯していました。あなたは寝室に行きます。奥さんが寝息を立てていました。
次の休みの日。奥さんは友だちと美術館に行きました。朝、出かけるとき奥さんは楽しそうに鼻歌を歌いながら玄関を出て行きました。
「じゃ、行ってきま~す」
あなたは台所で奥さんの声を聞きながらテレビを見ていました。
午後になり、あなたはレンタルビデオ店に行きます。店内は若い人で賑わっていました。あなたは別に見たいビデオがあって来たわけではありません。時間を持て余していただけです。あなたはなにを探すでもなくただ漠然と店内を見て回ります。
店内はコーナー別にきれいに分かれていました。そんな店内を歩いていて、あなたは「恋愛」と書かれたポップがかかっているコーナーの前で立ち止まりました。
「恋愛か…」
あなたはひとり言を言うと、丁寧に一つ一つタイトルを見ました。昔見たロマンティックなタイトルを見ていると、あなたは青春時代の思いがこみ上げてきました。
帰り道、あなたが手にしていたのは「ゴースト ニューヨークの幻」です。あなたの記憶では、この映画は結婚する前、奥さんとつき合っていた当時、二人で見た映画です。このときあなたも奥さんも目に涙をたくさん浮かべお互いを見つめ合い手を握り締め合ったのでした。
次の日。あなたが出勤の準備をしていると、同じように会社に着て行く洋服を選んでいた奥さんが話しかけます。
「あなた。ゴーストなんか借りてきたの?」
「ああ…。なんとなく懐かしくて…」
「へぇー。あなたってまだロマンティストなんだ。昔から男のほうがそうだって言うわよねぇ」
奥さんの声が笑っているのがわかりました。
あなたは返事をしませんでした。奥さんも特に返事を期待していたわけではありません。ただ言葉を発しただけです。先に家を出るあなたは玄関から奥さんに声をかけます。
「なぁ、今日外で一緒にご飯食べようか?」
あなたの問いかけに一瞬驚いた奥さんでしたが、寝室から顔だけを出し笑顔で返事をしました。
「どういう風の吹き回し? ゴーストの影響かな。でもいいわよ」
あなたも笑顔で玄関を出て行きました。
その日。あなたは仕事が終わり会社の外に出ると奥さんに携帯電話を入れました。待ち合わせ場所を決めるためです。奥さんはすぐに出ました。
「結婚前にデートしていたとき、いつも待ち合わせていた場所で待ってるから」
あなたの指定した場所に奥さんの声が弾んでいるのが伝わってきます。
「了解~。少し遅れるかもしれないけど…。ごめんねぇ」
あなたには奥さんの喜んでいる笑顔が想像できました。
あなたは待ち合わせ場所に行く前に花屋に寄ります。つき合っていた当時、送ったことがある花を包みました。あなたは花束を手に抱え、当時いつも待ち合わせていた場所に立ちます。あなたは自分の気持ちが華やいでいるのを感じていました。
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