あなたはこうやって結婚生活に失敗する(13)の1
結婚3年
あなたたちは半年の恋愛期間を経て結婚しました。あなたが28才、奥さんが26才のときです。共通の友人の集まりで知り合いました。その集まりには男女それぞれ7~8人がいましたが、あなたは奥さんが一番魅力的に見えました。もちろん、奥さんもそれは同じでした。だからあなたたちは結婚まで進んだのです。
あなたたちが結婚した時期は恋愛関係にある恋人同士としては理想的だったかもしれません。つき合っている期間が長すぎますと、お互いに冷める感情も起こり結婚に至らないケースもあります。また反対に短すぎますと、お互いの欠点を全くわからないまま結婚してしまうことになりますので一緒に暮らし始めてすぐに言い争いが起こることになります。そういう意味で考えますと、つき合った期間が半年というのはちょうどよい期間といえました。
あなたは奥さんの「すぐに感情的になるところ」が、どうにか許せる範囲内であることをわかっていました。また、奥さんもあなたの「ときに優柔不断なところ」が許せる範囲内であることをわかっていました。あなたたちはお互いに思っていました。
「わたしたちの結婚は、地に足が着いた大人の結婚だ」と。
現在、結婚して3年目です。まだ子供はいません。あなたたちは独身貴族を満喫していましたので、結婚後もしばらくの間は「二人の時間を大切にしたい」と考えていたからです。実際、結婚してからもあなたたちの恋愛感情が弱まることはありませんでした。
結婚後も恋愛感情が続いた、というよりも強くなったのはつき合っていた期間が関係しています。そうです。半年の恋愛期間でしたので結婚後もあなたも奥さんも相手に夢中になれたのでした。お互い他の異性のことなど目に入る隙などありませんでした。ちょうど思春期にアイドルに夢中になっている感覚と同じと言ってよいでしょう。まだ飽きることがありませんでした。
思春期の男女がアイドルに夢中になるのはよくあることです。しかし、大概の少年少女は年令を重ねるうちに少しずつ興味をなくしていくものです。それは年令が上がることだけによるものではありません。年数も関係しています。人間は常に「新しいもの」を求める性質があります。それを単純に「悪いこと」と片付けてしまうのはあまりに短絡的です。人間は、自分ではどうにもコントロールできない一面を持った不可思議な生き物だからです。
ある日。あなたは会社の後輩と飲みに行き結婚のコツを尋ねられます。後輩はあなたの結婚をいつも羨ましがっていました。後輩はまだ独身でしたが、それには理由がありました。
後輩は結婚に懐疑的だったのです。女性と結婚して一緒に暮らしていくことに不安を持っていました。
「もし、一緒に暮らして相手の嫌なところを見たら幻滅しないかな…」
あなたは後輩が持っているシンプルで純粋な不安を微笑ましく思いました。
「なるほどね…。わかるね、その気持ち」
そういうとあなたはジョッキに口をつけます。一口飲むとさらに続けます。
「俺もね。独身の頃に考えたね。だから今の女房とは、ある程度欠点を知ってから結婚したんだ」
「やっぱ、欠点ってあるんですか」
後輩は、理想的に見えるあなたたち夫婦にも欠点があることに落胆したようでした。あなたは諭します。
「あのな。人間で欠点のない人なんていないんだよ。だから俺は結婚前に相手の欠点を知っておきたかったんだ」
「欠点なんか知ったら嫌いになりません?」
「甘いな、おまえ。その欠点が相手を嫌いにさせるものというか程度というか、そういうのを前もって確認しておくことが大事なんだ」
「はあ…」
「つまり、アバタもエクボになれるかどうかなんだよ」
あなたは滔々とあなたの結婚観を述べました。
その日、あなたはほろ酔い気分で後輩と別れました。結婚の先輩として後輩にアドバイスをしたことにも酔っていました。演説をした政治家が高揚感に浸っている気分に似ています。あなたは気分よく電車に揺られていました。
あなたが駅から家に着くまで15分です。あなたは歩きながら後輩に言って聞かせた話を思い出していました。
「アバタもエクボ…、大切だよな」
そう言いながら、あなたはここ数ヶ月間の自分の感情を思い起こしていました。
「俺、昔ほどワクワクしてないかも…」
そうなのです。あなたは、ここ数ヶ月間以前に比べて奥さんに対する恋愛感情が薄くなっているのが気になっていました。あなたは以前では考えられませんでしたが、奥さん以外の女性に対して関心を持つようになっていたのです。昔、…といってもまだ2年数ヶ月前ですが、昔でしたら奥さんではないほかの女性のうしろ姿など目で追うことなどはしませんでした。しかし、最近はきれいな女性を見ると興味を抱くことがありました。
あなたは歩きながらひとり呟きます。
「俺、変わったのかなぁ…」
玄関の前に立ち、いつもならそのままドアのノブを回し中に入ります。しかし、その日あなたはインタフォンを押してみました。1度…、2度…。しかしインタフォンから返事はありませんでした。…あなたは自分でノブを回し中に入りました。
玄関の中に入ると台所に奥さんがいる気配がします。あなたは靴を脱ぎ台所に向かいました。奥さんは椅子に座り雑誌を読んでいました。
「インタフォンを押したのに…」
奥さんは不思議そうな顔をしてあなたを見ました。
「だって、あなただってわかったから…」
奥さんが言うには、ドアの外を歩く足音であなただとわかるのだそうです。しかし、あなたにとっては、それは理由にはなりません。「俺だと出ないのか?」と言いかけましたが、あなたは口には出しませんでした。その代わり、会社の新入女性社員を思い出していました。
あなたの仕事は営業です。毎日、顧客を回り汗を流しています。そんなあなたが会社に戻ると新入女性社員はいつもにこやかな笑顔で迎えてくれます。
「お疲れ様です。ご苦労様でしたー!」
つづく。
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