あなたはこうやって結婚生活に失敗する(17)の2

翌朝、あなたは普段より遅めに起きました。会社に行っても意味がないからです。昨日の夜、同僚からの連絡で会社が封鎖されたことを知っていたからです。あなたはパジャマ姿のままリビングに行きました。あなたがソファに座ると奥さんが話しかけてきました。

「ねぇ、会社、どうにかならないの?」

あなたが、会社が封鎖されていることを告げると、奥さんは黙り込んでしまいました。奥さんの話では、娘さんも落ち込んだようすで学校に出かけたそうです。

あなたは新聞を広げます。しばらくすると奥さんが聞いてきました。

「あなた、今日はどうるすの?」

あなたが新聞に目をやったまま「別に…」と答えると奥さんは声を低めて言います。

「あなたの会社が倒産したことが隣近所に知られたら噂になるわよね」

あなたは新聞に目を落としたままです。構わず、奥さんは続けます。

「あなた、しばらくの間、スーツを着て出かけてくれない?」

あなたは顔を上げ奥さんの顔を見ます。奥さんの顔が真面目なのがわかるとあなたは身体中から力が抜けていくのを感じました。そのときのあなたの瞳には悲しみがたたずんでいたはずです。あなたは力なく「わかった」と答えました。

それから毎朝、あなたは行く当てもない出勤をします。そして夜遅くに帰宅する生活を続けました。あなたは毎日、公園に行き、図書館に行き、街をブラブラしました。

10日ほど経った日、あなたが帰宅するとリビングにいた奥さんが「今後について話し合いたい」と言ってきました。隣には娘さんも座っています。

「あなた、これからどうするつもり?」

あなたに確たる答えなどありません。あるはずがありませんでした。

一応、ハローワークには行ってみました。しかし、全てのパソコンは埋まっており、さらに順番待ちしている人が数多くいました。あなたはそうした光景を見ただけで出てきてしまいました。ただ、ハローワークの受付嬢がやけにきれいだったのが印象的でした。

「いろいろ手は尽くしているんだが、いい仕事がなくて…」

あなたは普通に、正直に答えたつもりですが、その力ない話し方が気に入らなかったのでしょうか。奥さんは苛立ちを含んだ口調で詰問してきました。

「ちゃんと、探してるの? 私、この年でこんな苦しい思いするなんて思ってもいなかったわ」

すると、娘さんが言葉を継ぎました。

「私だって、困るわ。昨日も友だちと遊ぶ約束だったけど断ったのよ」

あなたはただ、黙ってうつむいているしかできませんでした。あなたのその態度が奥さんには癪に障るようで追い討ちをかけるようにあなたを責めたてます。

「あなたは男なんだから私たちを養う責任というか義務があるのよ。もっとしっかりしてよ!」

奥さんにいくら責めたてられようが、あなたにはどうすることもできません。今の時代に中高年で再就職をするとなると、正社員で高待遇な職場などあるはずがありません。求人情報誌を読んでも、最も目につくのは交通誘導員か介護ヘルパーくらいです。しかし、普通のサラリーマンをしていたあなたにはそうした仕事に就くことは想像もつきません。あなたは上目遣いで奥さんに言います。

「でも、夫婦なんだから夫がうまくいかないときは妻も一緒になって支えあうのが本当なんじゃないかな」

あなたの言葉が奥さんには責任逃れのように感じたのかもしれません。奥さんは強い調子で言い返します。

「夫婦が支えあうのはわかるけど、その前に夫としての責任を果たすのが前提となるべきよ。あなた、覚えてる? 結婚するとき私を幸せにするって言ったじゃない」

あなたは奥さんのこの言葉には反論することはできませんでした。あなたは確かに「幸せにする」と言っていたのですから。

あなたは黙り込みながらいろいろな考えが頭の中を駆け巡ります。

いったい、夫婦、家族ってなんだろ…。夫は、お金を運んでくることが夫としての存在価値なんだろうか。今回の出来事は失職が原因だけど、もし自分が病気になったのだとしたら妻は、娘はどのように対処するのだろうか。それでも、俺を責めるのだろうか。

あなたは奥さんに反論を試みます。

「なあ、ちょっと違うんじゃないかな…」

「なにが違うの?」

「おまえの話を聞いていると、なんか俺はただの給料運搬人のような気がする。それで夫婦、家族って言えるか?」

あなたの筋が通った言い分に、奥さんは少したじろいだようすでした。しかし、すぐに態勢を整えると言い返してきました。

「あのね。夫婦、家族っていうのは生活する糧があって初めて成り立つものなの。そうでしょ。だって生活できなければ夫婦も家族もやっていられないんだから」

一度吹っ切れたあなたは負けじと言い返します。

「だから、そのためにはみんなで支えあうのが本来のあるべき姿じゃないか」

「さっきから『支えあう、支えあう』って言ってるけど、あなた単に妻に養ってもらおうと思ってるんじゃない? それはあなた、男の屑が言う台詞よ」

あなたは「男の屑」という言葉に打ちのめされます。

「仕事がなくなった俺は、屑なのか…」

呟くようなあなたの反芻に奥さんは黙ったままです。

しばらくしてあなたは静かに口を開きます。

「俺たち、一緒にいないほうがいいんじゃないか。少なくとも俺はそう思う。だって俺、屑だし。おまえだって屑と一緒に暮らすのは嫌だろ」

あなたはこうやって結婚生活に失敗します。

昔から言われています。金の切れ目が縁の切れ目。夫婦の真価が表れるのは「金が切れた」ときです。結婚相手を決めるときは「金が切れた」ときに「どのように対応してくれるか」を想像して決断しましょう。もし、あなたが病で倒れたとき「どんなことをしてででも」あなたを支える覚悟があるかどうか。けれど、それを「見抜く」のって難しいんです。

つづく。

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