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ピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』よむよむ

第2作目で最も評価が高い本作。邦訳は創元推理文庫から出ていて、翻訳は務台夏子。装丁デザインは鈴木久美。著者あとがき、訳者あとがきはなし、編集者への言及もなし。解説は三橋暁。スワンソンのこれまでの作品の中では唯一シリーズものになっていて、まだ邦訳はないけれど続きもはThe Kind of Worth Savingで読むことができる。そして今年にシリーズ3作目も発売予定。元タイトルはThe Kind of Worth Killingなのでこの邦訳すごいなあと思う。直訳だと殺す価値のある人たちっていうようなことかな。「そして」が入るタイトルと言えばアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』(And There were None)があるけど、「殺す」と現在形なところがすごいし、登場するキャラクターの様子をよく表しているように思う。それからミランダという名前を入れてくるところも、お話の展開からいって結構大胆なことではないかと思う。殺されるミランダの名前は話の流れからも重要なファクターだと思うので。

このお話は最初のシーンがスタイリッシュでとても素晴らしい。またバーである。それも空港のバーだ。働く必要もないほどお金持ちだけど夫婦関係で悩んでいるテッドと大学図書館で文書管理の仕事をしているリリーが、人を殺すことについて話すことになる。

とにかくバーなのだ。スワンソンの第1作のリアナとジョージもバーで運命の再会をする。リアナとジョージの場合はボストンのジョージとの職場近くのバー<ジャック・クロウズ>でリアナは赤ワインのグラスを飲んでいた。ペーパーバックを読んでいるけど、タイトルはわからない。ジョージはガールフレンドのアイリーンといて、飲んでいたのはオールド・ファッションド。2作目の今回は、テッドがヘンドリックスのマティーニを飲んでいて、それを素敵だなと思ったと言ってリリーが同じものをバーテンダーにオーダーするとこから始まる(オリーブは二つ)。ヘンドリックスというのはジンの種類なのだそうだ。(知らなかった)。ふーん、マティーニはどんなジンで作るかが重要みたいだ。ビジネスクラス用のラウンジのバーで一人でマティーニ飲んでいる人って本当にいるのかな?行ったことがないからわからない。ぜひ行ってみたい。リリーが読んでいるのはパトリシア・ハイスミスの『殺意の迷宮』だ。

スワンソンは最近パトリシア・ハイスミスを紹介する記事を英紙『ガーディアン』に寄稿していて、もし何も考えずに1作だけ勧めるのならやはり『太陽がいっぱい』(この邦訳は映画のせいなのだろうか、The Talented Mr. Ripleyと本当に全然違うな) だと述べている。とにかく絶対に高濃度のハイスミスファンではあると思う。本作品の中でテッドは『殺意の迷宮』を最高傑作とは言えないと述べている。つまりテッドもハイスミスの作品がかなり好きというキャラクターなのだ。それに、自分の好きな本を横で読んでいる人がいたら半分ぐらい恋が始まってしまうよな。実はこの作品はまだ読んだことがない、オマージュがあるのだろうか。ここに『見知らぬ乗客』を持ってこなかったところはおしゃれだと思う。ここら辺の考察は邦訳の解説書評家、コラムニストの三橋暁も書いてくださっていて必読だと思う。

最初の中盤のテッドとリリーのやり取りの美しさとせつなさ、それから、最後のリリーがトラックを運転する場面も素晴らしいと思った。へえ、そんな音がするものなのか、と。三橋暁の解説は本当に素晴らしいと思ったけど、最後の部分、サイコパスをマジョリティと遠く隔てた存在としてと書いてるところは私の感想と違って、サイコパスは日常にある一つの感情として書いている(ハイスミスも、スワンソンも)ところがあると私は思った。

第1作でも第2作でも、サイコパス役の人たちは幼い時、同じ犯罪の被害にあっている。(第1作の方が酷い)。もちろんそれがなかったらどうなるかはわからないけど、この犯罪が人間の精神をどれほど壊すかということは示唆されているのじゃないかと思う。どんな親に育てられたか、というところ(幼い頃の環境)にも共通点がある。この辺りはディーリア・オーウェンズ『ザリガニたちの鳴く所』でも同じ主題があるなと思う。


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