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ピーター・スワンソン『アリスの語らないことは』よむよむ

第4作目。創元推理文庫で訳者は務台夏子、装丁は鈴木久美。このお話は、主人公ハリーの父親が亡くなった連絡を受けた大学生の主人公が美しい義母アリスの願いでしばらく一緒に過ごすことになるというお話。解説は書評家の吉野仁。献辞はナット・ソベルさん(どなたなのだろう→第1作の後書きを読み返したら、エージェントの方と書いてありました)。

エピグラフはエリナ・ワイリー(Elinor Wylie)の「海の子守唄」Sea Lullabyという詩だ。原文を検索できたので読んでみたけれど、とても厳格に韻が踏まれている古い詩で、子守唄なのに子供が死んでしまうこの海辺の怖い雰囲気が存分に味わえました。この詩人、小説家も日本ではほとんど紹介されていない方らしく、知らなかった。きっとスワンソンはいつか詩の本も出すのではないかと思う。

たぶんミステリ好きが興奮してしまう要素の一つ、名前がついているお屋敷の存在。クリスティの作品にたくさん出てくるが、今回の物語の舞台の家にはグレイ・レディーという名前がついている。それほど大きなお家ではないようだし、別に使用人がいるわけではないけど。メイン州にはこんな風に名前のついている家がまだあるのだろうか。吉野によれば、スワンソンの物語の舞台はメイン州の風光明媚な海岸地帯が多く、スティーブン・キングとはその点が違うらしい。

解説で吉野も注目していたけど、何より書店経営者の主人公の父ビルには大注目である。このキャラクターは、やっぱり後の『8人の完璧な殺人』の主人公の布石のようなキャラクターだ。吉野も、本人も書店員の経験があって、人気ランキングなどの記事を発表されているから、著者に似たキャラクターなのではないかと分析していた。ビルが書いた大学が舞台の犯罪小説ベスト5のうちヒラリー・ウォーの『失踪当時の服装は』はハリーにプレゼントされている(ちなみに吉野によると、ミステリ好きはここでニヤリとできるらしい、私は読んだことがないのでまだできないので読んでみたい)。それから、『そしてミランダを殺す』のリリーがイギリスのアパートで読もうとしてなかなか読めなかった本、ドロシー・L・セイヤーズの『学寮祭の夜』もこのリストに入っていた。とにかく書店員がスワンソンフェアをするならいろんな本を並べることができて最強楽しいと思う。

この続いていくどこかの時間で時間が止まったのなら、被害者と加害者が、全く様変わりしてしまいそうなお話の中で私が気になったのはスワンソンのお話では珍しく出てくる家庭料理の場面。いや、全然好ましく書かれていないのだが。
アリスがビルのために作ると言った夕食は、ビルの好きな、牛ひき肉ではなく羊の角肉を使ったシェパード・パイ。友人のジーナが来るというのでアリスの母がはりきって作った夕食はシャモのヒナ鳥のワイルドライス詰めとニンジンのグラッセ(きれいな盛り付けだけど、食べるときには冷めている)。アリスがハリーのために作ったのは軍隊一隊分が養えそうなチキン・コルドン・ブルーのキャセロールとサラダ。(その前にフムスを添えたベビー・キャロットとポートワインチーズを乗せたクラッカーのスナックの準備されていた)そして食事中にバター・スコッチ・サンデーをハリーに出す。

キャセロールとは、鍋に具材をいれて最後はオーブンで焼く家庭料理のことみたいで、チキン・コルドン・ブルーは、チーズはさみ揚げのことらしいのだけど、つまり鶏肉にチーズを挟んだものをオーブンで焼いたものっていうことかなと思う。ポートワインチーズとは、ポートワインという甘い赤ワインが練り込まれているチーズだそうです。食べてみたいなあ。バター・スコッチ・サンデーとはアイスクリームにバタースコッチ(砂糖とバターのシロップ)をかけたデザートのことみたいだ。とにかく、毎日作るような家庭料理ではなくて、かなり手の込んだものが作られる。アリスの料理もアリスの母のもにもグレイ・レディーで幸せな家庭を作りたい(でもできない)気持ちが豪華家庭料理に表れている気持ちがする。

主要主人公と義父はグルーミングの被害に遭っていたと言えると思う。でも被害者の視点では全く被害とは思っていない、むしろ、嬉しいし、むしろ夢中になる。忠告してくれる人の意見はすべて邪悪なものに聞こえる。そしてある日、一気に冷めるんだよね。この本人にただの恋愛(と彼らが思っているもの)が終わっただけ感がグルーミングのリアルな当事者視点を描いているように思った。アリスの若い時のひりひりするような恋心と突然冷める感じが恐ろしく迫ってくるなと思いました。

それからこの作品にはポールという主人公の友人のキャラクターが出て来てハリーのことを助けてくれる。ポールと友人なことでハリーは自分もゲイだと両親が思っているのではないか、という気持ちになっている描写があった。

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