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ピーター・スワンソン『ケイトが恐れる全て』よむよむ

『ケイトが恐れる全て』第2作以降の翻訳は務台夏子、装丁は鈴木久美、そして創元推理文庫。これは、やっぱりハイスミス『ふくろうのさけび』のオマージュ的な要素が入っているよね。もっと過激だけど。解説は書評家の川出正樹もそう教えてくれている。訳者あとがきも、著者あとがきもないけれど、原書には著者あとがきがある、と解説に書かれているのでこれから読んでみたい。

解説を読むことによってスワンソンの作品がミステリ界でどんな位置付けになるのかがわかってよかった。色々な作品がお話の小道具として使われているのでミステリファンは面白くてしょうがないよな。読書好きの痒いところをついてくる演出が豊富なのです。川出の解説もとても熱くなっていらっしゃると思う。でもその熱い気持ち、読者としてスワンソンを読むとみんな共感するのではと思った。

このお話はイギリス人のケイトがまた従兄弟でアメリカ人のコービンと、半年間住まいを交換する計画を始める、というお話だ。犯罪者と被犯罪者の間の薄氷のような差、そして暴力として現れるミソジニーが満載でございます。第2作のリリーもそうだけど、サイコパスっていうよりも自分の恋愛が成就しなかった場合、その元恋人を殺さないと気が済まない(あるいは自分が死なないと気が済まない、あるいは両方)、この気持ちが人間にはすごく珍しくなく存在するんだよね。これ、わからないような、わかるような、サイコパスだよって切り捨ててよい感情ではないんだろうな。たぶん、幸福な思い出がある人はこんな気持ちにはならないだろうと私は思うけど。人間として乗り越えて成長しないといけないポイントなんだろうな。

エピグラフはジェイムズ・フェントンの「スタッフォードシャーの殺人者」A Staffordshire Murdererという詩からの引用が書いてあった。この「すべての恐れは欲望」とか「すべての犠牲者は共犯者」というところ、サイコパスを単なる、わたしたちとは違うものとして見ていない世界観を表していると思う。この詩人のことをよく知らないけれど、スタッフォードシャーの殺人者とは有名なイギリスの連続殺人者で医者のウィリアム・パーマー(1924-1856)のことらしい。スワンソンは詩人でもあって詩人に詳しいのだと思う。

この作品ではコービンのアパートのほかに、バーじゃなくてパブが重要な場所になってくる。(イギリスではパブだったものがアメリカにわたってバーと呼ばれるようになったらしいのでだいたいおなじものなんですね)。まずはボストン。二つのパブがあって、同じアパート住民のアランとコービンが会うのは<セブンス>。それから、コービンがケイトに紹介し、アランがケイトと出会うのが<スティーブンズ・タバーン>。どちらもそれほど大きくないパブだ。それからケイトがコービンに紹介するのがロンドンのパブ<ビーフ&プディング>。ちなみにコービンが<ビーフ&プディング>はよかった、これならうちの近くの<スティーブンズ>に行ってみてとお勧めするのだ。

また、コービンが学生時代にイギリス留学していたときに行きつけていたのが、<スリー・ラムズ>。留学していた大学の敷地内にあるパブだ。そして、ヘンリーとコービンとの出会いは、何の変哲もない大型パブ。特にイギリスのパブの描写は第2作の『そしてミランダを殺す』にも出てくるけれど、飲み比べゲームがあったり、ハーフパイントは男らしくないと思われていたり(これは<スリー・ラムズ>)色々とめんどくさい(たぶんだから、愛おしい)カルチャーのある所だと描かれている。

献辞も、第1作は奥様とお祖母様、第2作はお母様だったけど、今回はスーザン、ジム、デイビッド、ジェレミーに捧げられている。どなたなのだろう、だんだんハマりすぎている気がしてくる。でも気になった。

スワンソンの小説にはイギリスに留学するアメリカ人大学生が結構出てくる。コービンやヘンリーもそうだし、最新作のThe Christmas Guestのお話に出てくるアシュリー、『そしてミランダを殺す』のリリー・キントナーもそうだ。アメリカからイギリスに留学といえば、最近話題になったノンフィクションの『エデュケーション』のタラも。ここにものすごい上下関係(内在化された)が現れていて、大変興味深いと思う。

それからアジア系の登場人物(あまり出てこないので、気になる)もこのお話にはいて、主人公がグラフィックデザインを勉強する学校で友達になる女の子スメラがパキスタン系イギリス人という設定だ。その女の子はアメリカの口コミサイトのレディットに詳しくてちょっとゴシップ好きな女の子なのかもしれない。日本人といえばよくメインキャラがパブやバーで何かを待っているとき、観光客として入ってくる(本作に限らず、第1作のバーにも来てた)。そんなにボストンのバーには日本人観光客がよくいるのだろうか。韓国人は?中国人は?などと思う。

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