見出し画像

心が大きく動いた初夏

今回は実習全体を受けて感じたことを書きたいのですが、その前置きとして実習前の心境の変化からお話しようと思います。
なので、今回のnoteはいつもより長めになりそうです。そのうえ、まだ整理しきれていない部分もあるので少し読みにくいかもしれません。ご了承ください。読んでくれたら嬉しいです。

実習前のこと

五月も半ばに差し掛かっていたころのことでした。
四月末に発表された教員勤務実態調査の速報値をはじめとし、様々なニュースの特集やSNSでの体験談を見た私は、わかりやすく気分が落ち込んでいました。
私は体力もメンタルも、人と比べて強いほうではありません。そもそも1日8時間、月曜日から金曜日まで働くというだけでも、本当にできるのか?と不安になってしまう。それなのに、そんな私が過労死ライン越えの世界に飛び込んで行けるのだろうか。国は改革をと言ってはいるものの、そう簡単に、すぐに、すべてがうまくいくはずがない。1年後の私はどうしているんだろう。そんな不安が次から次へと湧き上がってきて、押しつぶされそうになっていました。
そうして、いつものように布団の中でめそめそしていたある日、ふとこんな考えが浮かびました。
嫌ならやめればいいんじゃない?
それは、逃げでもあり、自分の人生を具体的に探るきっかけでもありました。
それなら、と、スマホを取り出して某就活アプリを開いてみました。
約一年前、インターンにいこう、就活を始めようといわれていた時に入れたアプリ。その後も何度か開いてみたり、小さなイベントに参加してみたりはしたものの、あまり興味をそそられることはなかったものでした。
2月以降は就活を意識することはあまりなくなり、ほとんど開かなくなっていたものでした。

進路を選ぶ上で、元々譲れない条件だったのはこのまま地元にいられるということ。この”勤務地”に加え、”完全週休二日制”、”残業〇時間以下”、”年間休日120日以上”などなど、教員を目指すうえで辛くなってしまった要素と反対のワードにチェックを入れて、検索してみました。
不思議なことに、ほんの少し前まで興味も持てず、どこを見たらいいのかもよくわからなかった企業の情報がどんどん目に飛び込んできました。
就活解禁日を過ぎて、企業情報だけでなく具体的な採用情報も載っていたからかもしれません。
福利厚生や休日数から入り、どんな仕事ならできるかな?面白いかな?と、どんどん情報を取り入れていき、もう少し知りたいと思った企業はとりあえずエントリーをしたり、説明会を申し込んだりしてみました。
とにかく選択肢を広げておこうと、そこから実際に選考を受け始めている企業もあったりして、実は実習前にかなり民間企業に気持ちが傾いていました。

そして実習

3週間という長くて短い時間でしたが、現場を体感することを意義として教育現場の日常を観察し、体験してきたつもりです。結論から申し上げますと、卒業後すぐ教員になるのは違うかもしれない、と思いました。ここまで教職に関わる投稿ばかりしてきたので、驚く方もいらっしゃるかもしれませんが…
その要因は主に労働環境学校の閉鎖性です。
労働環境についてはこれまでたくさん書いてきたとおりです。授業をすることや生徒と話すことはとてもとても面白いことだと思いました。ですが、丸1日、朝早くから暗くなるまでほぼ休みなく働き続け、それを何年も続けていくことは難しいのではないかと思いました。実習生として限られた業務を限られた期間するということはなんとか乗り越えられたけれど、実際に教師になるのとは全く違うと思いました。実習校で出会った先生方のような毎日をもし私が送ったら、体かメンタルか、どちらか壊すことになりそうだなと思いました。さらに、現在の文科省等の動きを見ていると、やっぱりこの問題はそんなにすぐに解決しそうにないと感じています。

次に、学校の閉鎖性についてです。これは中学校の特性というところもあるかもしれません。実習開始後すぐに覚えた違和感は、一部の先生方の言葉でした。口調が強いというか、言葉を選ばずに言うと口が悪いというか…
普段私は小学校でボランティアをしていますが、そこでは感じたことのない違和感でした。小学校の先生の言葉は「〜しましょう」、「〜してはいけません」、強く言うときでも「〜しなさい」というところでしょうか。一方、中学校では「〜しろ」、「〜すんな」、「お前・こいつ」というような言葉が日常的に飛び交っていました。学校に来てまず初めに来た別世界感は、この言葉でした。
怒っているわけではなくても、普通に命令形が使われる場所ってあまりないですよね。これは、中学生という年頃の難しさとか、先生と生徒の距離感とかから生まれるものなのかなと思いました。思い返してみれば自分が中学生の時もそういう先生多かったような気がします。高校・大学では先生と生徒の距離が少し離れるので、そういう言葉遣いの人って少なくなるんですよね、多分。
この言葉遣いが良いとか悪いとかいう話はとりあえず置いといて、私は強い言葉が飛び交う場はなんとなくビクビクしてしまうというか、あまり得意ではないなと思いました。と同時に、新卒早々そんな環境に慣れてしまうのはちょっと危険な気がしました。
言葉だけではありません。時間の流れや慣習など、様々な点において学校は別世界です。
それは、教育現場が子どもの集団を相手にするという、他の業種にはない特殊な世界だから同然なことだと思います。ただ、教師になると転職しにくい、つまりその世界染まると他の世界にいけなくなるということには少し納得してしまいました。

なんだかマイナスな感じのことばかり書いてしまいましたが、実習ではこれ以上に数えきれないプラスの学びがありました。ですが、現場をみて生まれた懸念はどう生きるかを決める上では大きな要素となりそうです。


これからのこと

実習前の気持ちの変化、そして実習期間で感じたことを受けて、現時点での私の気持ちは教師にはならないという方向に傾いています。
ずっとやってみたかった仕事、4年間学んできた世界だからこそ、この考えに至るまでにものすごく時間がかかってしまいました。
人生を考える上で、何になりたいかどんな生き方をしたいかはどちらも同じくらい大切です。そのバランスを考えたときに、自分の心が変わりました。
でも、ここで教師を諦めることが全てを諦めることでは決してないと言い切ることができます。人に何かを伝えたいとか、子どもの成長に関わりたいという思いは、必ずしも教師でないとできないことではないと思います。どんな仕事をする上でも人に何かを伝えることは大切だし、後輩の教育は必要です。それに、子どもに関わることも、職業以外にボランティアや地域のイベントのような形でできるかもしれません。それでもやっぱりということであれば、数年間民間企業に勤めてからもう一度教師を目指すという選択肢もあります。その頃には労働環境も改善されているかもしれません…きっと…

とにかく、先のことはまだまだわかりませんが、ルートや手段が変わっただけで私の中にある考え方や思いは変わっていません。
今はまだ1年後の自分がどうしているかもわかりませんし、1ヶ月後の自分が何を考えているのかもわかりません。ここに書いた考えもまた大きく変わっているかもしれません。
何もかも手探り状態ではありますが、これからもちゃんと自分と向き合っていきたいと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?