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幸せのカケラ⑧

≪陽向の章≫

俺は、階段の上から、カフェの方に歩く神津川を見つけて大声で呼んだ。
俺の声は風にかき消されて神津川には届かなかったようで、
神津川は 早足 でカフェを通り過ぎようとしている。
俺は、階段を二段飛ばしで駆け降りると 、
全速力で神津川の背中に向けて走った。
その気配を察したのか、神津川が振り返る。
『陽向君!?』
大きな目を見開いて俺を見る。
『か、神津川・・。よぅ、久しぶり。』
俺は息を弾ませながら、笑う。
『久しぶりー・・。あ、お父さんに会ったよ!』
『うん、電話来た。ありがとう。』
『優しそうなお父さんだねー。』
『うん、優しいよ。まぁその優しさが仇になる時があるっつーか。』
『何か用だった?』
『え?』
『だって、すごい勢いで走ってくるからびっくりしちゃった。』
『あ、あぁ。ごめん。神津川、最近大学来てなかったから・・。』
『うん、今ね、退学届出してきたの。』
『退学!?』
『うん。』
『なんで・・。え、ちょっと待って。今、時間ある?』
『ごめん、あんまりないの。』
『けっ、携帯の番号、あ、ライン!ラインのID ・・・』
『ラインはやってないの。携帯は・・陽向君の番号教えて。 かけるから。』
『あ、うん、えっと・・』
俺は焦って自分のスマホを落としてしまう。神津川が素早くかがんでスマホを拾う。
『大丈夫?』
神津川が笑う。神津川はいつも笑顔でいる。笑っていない神津川を見たことがない。まるで返事を笑顔でするように。
おはよう 、という言葉を表す笑顔。じゃあね、という笑顔。
わかってるよ、という笑顔。何パターンもの笑顔を神津川は持っている。
『神津川・・・。今度いつ会える?』
『今度って・・。うーん、いつかなぁ。なんで? 』
『話がしたいから。俺、神津川と話したいことがあるから。』
『そうだなぁ。明後日かな。明後日の木曜日なら。陽向君は?』
『大丈夫。全然平気。何時?どこで?』
『そうだなぁ。お祈りの時間が終わる頃、カフェに来るわ。』
『わかった。あ、俺の携帯・・080 の・・・』
神津川が俺の言った番号に かける。俺のスマホに番号が浮かぶ。
『ありがとう、神津川。』
『どういたしまして。じゃあね』
そう言うと、小走りに寮の方に走っていく。良かった。神津川を見つけられて。あの時、見つけられなかったらこのままずっと神津川に会えなかったかもしれない。そう思うと、心のどこかがキュッと締め付けられるような気がした。俺、神津川のこと、好きなのかな?人を好きになるって気持ちが、
まだ正直わからない。人を愛する、ってことはなんとなくはわかるけど、
異性を好きになる 気持ちが。たった一人の人を愛するって気持ちが。
父さんも母さんも大好きだけど、二人を見ていると、
人を好きになるってなんなんだと思う。結局二人は離婚したけど、
どうして愛が消えたんだろう。結婚した時には愛があったはずなのに。
だから俺が生まれたはずなのに。二人の間に、愛がなくなったのは
いつなんだろう。物心ついた頃から俺は神様の存在を信じていた。
もちろんそれは二人の影響だ。
小学生くらいまでは、二人は法友なんだと思っていた。
夫婦ではなくて法友で、俺はそこで同居している仏弟子なんじゃないかと
本気で思ってた時もあった。それくらいあの二人の中に、
愛しあっ ているという感じがなかった。他の 親や、友人の
カップルのように。 だから俺に は 、人を愛するというのが
どういうことなのかわからない。今まで人を好きになったことがない。
神津川に対するこの気持ちが恋なのか?
これが人を好きになるということなのか? そう考えていると、
カフェに侑輝が入ってきた。
『よぉ。』
『おう。』
そう言って侑輝は、ミルクティーの缶をテーブルに置く。
『なぁ、おまえ、人を好きになったことある?』
俺は侑輝に聞いてみる。
『え、なに?なんでそんな女子 トーク?』
『いや。なんとなく。』
『そういや、さっき神津川に会ったよ。』
『えっ』
思わず俺は自分が飲んでいたコーヒーの缶を倒してしまう。
『ご、ごめん』
とこぼれたコーヒーを拭いてると
『神津川、大学辞めるんだって』
と侑輝が言う。
『うん、俺も聞いた、さっき。 』
『留学すんだって。』
『詳しいな、おまえ』
『いや、だって、神津川がそう言うから。』
『侑輝には話すんだな・・』
『おまえ、神津川のこと好きなの?』
『ちっ、ちが・・いや・・違わないのかも』
『マジかよ。』
『うん。なぁ、人を好きになるってどんな気持ち?』
『うーん・・。人それぞれだと思うけど、俺の場合は・・ずっと一緒にいたい、かなぁ。なんか・・・その人といると安らぐっていうか・・。今日会ってもまた明日会いたいっていうか・・・。その人に会えると思うと頑張れるっていうか。』
『・・・おまえ、今、好きな人いるの?』
『え。いや、いない、ってか、いや、いやいや、俺のことはいーじゃん。』
『いるんだな』
『まぁね。』
『そっか。』
俺たちは、黙ってそれぞれの飲み物を飲んだ。
たぶんおそらく、 それぞれの好きな人の顔を思い浮かべて。


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