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君はロッドを巻かない

 美容学校の校長をさせてもらっている。20歳前後の若者と接している毎日である。多くの美容学校の入学生がはじめに頭を打つこと、それがワインディングと呼ばれるパーマをかけるためにロッドを巻く練習だ。美容師以外の人にはわかりにくいこととは思うが、あのロッドというもの、経験したことがない人なら はじめは1本巻くのに1分以上かかる。両手の全ての指をそれぞれに動かす といえば大げさになるかもしれないが、まぁそんな感じである。マネキンの首から上だけのものをウイッグというが、そのウイッグに来る日も来る日もロッドを巻く練習をし、最終的には20分で頭全体にロッドを巻き上げるというものだ。もちろん巻いただけではダメで、その配列の正確さと美しさが一定基準以上でないと国家試験には合格できない。とにかく大昔からある美容師のための練習で、年配の美容師さんでもこれだけは今の若い美容師と価値を共有できるものだ。

 バカバカしいことには違いないが、そんなことに没頭している生徒達への応援歌の意味で あいみょんのヒット曲をモジってみた。一部簡単な(学生レベルの)美容専門用語が入るが、注釈をつけてみたのでよければご参考にご笑納くださいな。

《君はロッドを巻かない》

〽少し緊張してる君に
 先輩としての威厳を見せよう
 スタートの合図(※1)
 雑なブロッキング(※2)
 僕なりの精一杯    

 おさがりのモデルウイッグは
 正中線がずれてる(※3)
 真面目に首で回す(※4)
 息を止めすぎたぜ
 さあ目線を下ろしてよ(※5)

 ブルブルと震える両手の指

 乾いたペーパーは風に飛ぶ(※6)

 君はロッドなんか巻かないと思いながら
 少しでも僕に近づいてほしくて
 ロッドなんか巻かないと思うけれども
 僕はこんな技であんな方法で
 試験(※6)を乗り越えてきた

 僕の心臓のBPMは
 190になったぞ
 君は気づくのかい?
 なぜ今笑うんだい?
 留めたはずのラバーがはずれる(※8)

 カチャカチャと聞こえるコーム(※9)皿の音

 熱い作業は止まないぜ

 君はロッドなんか巻かないと思いながら
 あと少し僕に近づいてほしくて
 ロッドなんか巻かないと思うけれども
 僕はこんな技であんな方法で
 カリスマ(※10)に焦がれてきたんだ

 君がロッドなんか巻かないこと知ってるけど
 恋人のように寄り添ってほしくて
 ロッドなんか巻かないと思うけれども
 僕はこんな技であんな方法で
 また指が臭いんだ(※11)

 君はロッドなんか巻かないと思いながら
 少しでも僕に近づいてほしくて
 ロッドなんか巻かないと思うけれども
 僕はこんな技であんな方法で
 離職の危機を乗り越えてきた(※12)

※1 合図 美容師の技術レッスンは常にタイムとの勝負となる。         遅い仕事は下手な仕事と同義語。 タイマーは身近なパートナーである。

※2 ブロッキング ロッドが正しい位置に収まるようにするために頭髪をいくつかのセクションに分けること

※3 正中線 人間の体の中心線。真ん中。これがずれたプロッキングをしてしまうと、ロッドの配列は美しくしならない

※4 首で回す ウイッグの顔を持って回すのは厳禁。人間のように扱うことが基本

※5  目線 美容師の目の位置、体の位置は技術を行う際には最も重要

※6 ペーパー ロッドを巻く上で必要不可欠の道具。使い捨てのタイプもあるが、はじめは繰り返し使えるものが教材として与えられる。乾いていないと巻きにくい

※7 試験 美容師免許は、美容学校を卒業することに加え国家試験に合格しなければならない。試験には実技と筆記があり、年に2回実施される

※8 ラバー リプレーメントラバー。要するに輪ゴムのこと。一度かけたはずのゴムが、他の部分を巻いている内にはずれると涙が出る程悲しい

※9 コーム 櫛。美容師は数多くの櫛を使い分ける。ちなみにワインディングの際使用するのはリングコーム(ラットテールコーム)

※10 カリスマ よくはわからんがすごい美容師(笑)。TVなんかの取り上げられ方も異常で、なんか魔法使いのような扱いでもあった。木村木村拓哉さんと常盤貴子さんの出演ドラマ、「ビューティフルライフ」をピークに 徐々に下火になっている。しかし それ以降も現在に至るまで出没し続けてはいる

※11 指が臭い ウイッグそのものはさほど臭わないのに、作業した手や指だけが臭くなる不思議(笑)

※12 離職 美容師の離職率は一般に高い。しかし昨今の人材不足に加え、企業もホワイト化してるせいで随分と待遇は良くなった。逆に大卒の早期離職率は30%を超えており、下手をすれば美容師とさほど変わらないないところまで落ちているともいえる。実は我が校で最もこだわっているのはこの数字である。

引用・参考  あいみょん「君はロックを聴かない

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