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結婚式考

 仕事柄ブライダル業界にも基本的な知識は一応あるが、今 業界自体は決して景気が良いとはいえない。式をしない人も多いし、したとしてもあまり金はかけない。さらに晩婚であることが色んな部分に掛け算されるのが昨今の結婚事情だ。きっと結婚(式)をすることに対し、確実に昔ほどの特別感がなくなってきているのだろうと思う。もちろん今でも人生における一大イベントには違いないのだが、デコラティブで華々しいセレモニーではなくなっており、その意味では昔と今の正月の感覚の違いに似ている。今や元日は多くの若者にとっては12月31日の翌日という 冬休みの中の一日でしかない。

 最近では 我が職場の教員も、結婚するという報告を入籍の数日前にしてくるとか、下手をすれば事後報告だったりもする。ちょっと待ってくれ!有休申請じゃないぞ!? みたいなことも実際起きる。1,000歩ほど譲ってそれはまぁ良いとして、『おう!そうか!おめでとう!』の後、『で、式は?』と訊くと、最近は『とりあえず今はしません』とか『ええ、まぁその内・・・』みたいな答えがほとんどだ。昨年11月に日航ホテルで参列者が100名を超える披露宴に呼んでもらい、お祝いのあいさつもしたが、そんな豪華な披露宴は今やレア中のレアケースだ。ところで今回はそんな結婚式にまつわるオッさんのつぶやきである。

1.受付での集金
 日本人らしく『こんな間柄ならば◯円位・・・』といったゼクシィに書いてそうな標準額を、これまた『◯円〜◯円程度』ということが書いてある祝儀袋に新札で入れて、受付に出す。横並びの国民性というものがこんなところには色濃く出る。
 結婚式には祝儀が付きものである。しかしそもそも招待しておいて金をふんだくることがセットになっていることはおかしくないだろうか? 金のない2人には「式の費用はご祝儀でまかなえますよ!」というブライダル業界の常套手段的なアドバイスは適切なことなのか?

2.披露宴でのオプション
 豪華な食事以外に宴の中では色んな演出があるけど、無粋ながら私は新郎新婦に着替えてもらわなくてもいいし、テーブルのローソクに火を点けてもらっても特に嬉しくはない。2人でケーキを切っても珍しくも面白くもないし、新郎が口のまわりを汚しながらそのケーキを頬張る姿など見たくはない。
 結婚式では何かやる毎にいちいち金が動くし額も大きい。『一生に一度のことですからねぇ・・・』という式場側の言葉は、式をあげる側にとっては悪魔のささやきだ。
 結婚する側=招待する側がいくら大枚をはたこうが知ったことではないが、招待された側がその代金を支払うような仕組みになっていることがわかっていればわかっている程 ホント面白くない。巷で行われている披露宴での各種演出は、言ってしまえばほぼ茶番であるにもかかわらず、その茶番に喜んで金を払う新郎新婦や、その資金源たる招待客・・・。結婚式の招待状は請求書であるとも言えるのである。

3.披露宴の締めくくり
 クライマックスで新婦が両親に向けて手紙を朗読するという、花嫁から親への手紙に一言。参列させてもらった披露宴では毎回なんとなく感動はするんだけど、よく考えるとあれは披露宴の中でやるものなのか? 感謝の言葉を伝えるのなら子供の頃から住み慣れて愛着のある家でやるのが本当だと思う。お涙頂戴は日本の古典には違いないのだが、あまりにも演出的だし たくさんの人が見ている前でやるものではないんじゃないのかなぁ?
 そんなことを衆目の前であえてやるのは、誰のために?何のために?と考えると、『ブライダル業界のため』だと思えてしまう私は、心が汚れてるんだろうか(笑)? でもへんてこりんな演出や下手な歌、またアホな芸なんかはいいから、新郎新婦の2人と 育ててくださったご両親に静かにお祝いができる宴があれば嬉しいとしみじみ思うんだけど、そんな『わがまま』は業界が許さない。

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