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マルメロジャムをひとすくい

 マルメロのジュレとジャムを作った、なんて話すと、「マルメロジャムをひとすくいだね♪」なんて返事が返ってくることがある。そう、これは田渕由美子の漫画のタイトル。1970年代半ばに「りぼん」で陸奥A子、太刀掛由美子とともに、ブームを巻き起こした「乙女チック漫画」の代表作家みたいな存在だった。マルメロなんて日本ではあまりおなじみではないし、われわれ世代で少女漫画読みだと、マルメロと聞くとこのタイトルがまず頭に浮かぶのかもしれない。
 
 ヨーロッパ映画ファンだと、ビクトル・エリセの、「マルメロの陽光」かな?しかしそのタイトルが返ってきたことはないが。

 さて、本題。マルメロまたはセイヨウカリン。フランス語だとcoing、英語ではquince。

たわわに実ったマルメロ。よく散歩で通るシテU(国際大学都市)の寮の庭。

 実は硬くて水気も少なく、生食には向かない。でも水を加え種も皮も一緒に柔らかくなるまで煮て、レモン汁を加え布で濾した煮汁に砂糖を加え、コトコト煮つめると、あら、不思議!宝石のようにきれいな赤いジュレが出来上がる。

 きれいなだけでなく、味の方もとてもよい。加熱後の独特の風味と香りはなんと表現したらいいのだろう。フルーティー、というのとはちょっと違う。蜜のような、砂糖菓子のような香り。

フランス産マルメロ。表面が綿毛のようなもので覆われている。これは品種によるのかも。
寒くなってくると登場するトルコ産はつるりとしているのは、最初からそうなのか収穫後取り除いたのか。

 さて、作り方である。まずはジュレ

 材料:マルメロ1kgに対し砂糖500gくらい
 レモン汁半個分 水は適当ですが、マルメロがかぶるくらい。

一見洋梨風。実際梨に見られる石細胞が豊富なので、生の果肉はザラザラしている。

 マルメロの皮を剥いて、芯の部分を取り除き、ザクザク切ってかぶるくらいの水を入れる。皮、種子、芯、ここにペクチンがたくさん含まれてるので、これも一緒に煮る。前は全部一つの鍋で一緒に煮てたけど、種子や皮を取り除くのが大変なので、今は別の鍋で煮ている。レシピは、皮は芯はモスリンやガーゼで包んで、一緒に煮るとしてあるのも多い。

加熱前


加熱して間もない状態

 果肉がクタクタに柔らかくなってきたらレモン汁加え濾す。芯と皮の方の煮汁も濾して混ぜる。

濾した煮汁 少し赤みがかかってきた。


 濾したあとの果肉はジャムまたはゼリー菓子にするがそれはまたあとで。
 漉汁に砂糖を加えて、グツグツアクを取りながら濃度がつくまで煮込む。このあたりは何度も作ってると勘でわかるようになるが、一番最初はわたしも止めるのが早すぎて固まらなく、煮直した覚えがある。

画像ではわかりにくいが、液体は透明感があり底が見える。

 できあがりの目安としてヘラですくったときの感じが、最初は本当に水っぽいバシャバシャした感じ (愛知出身のわたしとしてはシャビシャビと言いたくなる) だが、それがとろみのついた液体になり、泡も細かくちょっと飴っぽい感じになる。また、色は深く、透明度が増してくる。
 冷凍庫で冷やした皿などに垂らしてみて少し置いてぷるんとすれば、できあがり。煮沸消毒をした容器にできるだけぎりぎり上の方まで入れれば、冷暗所で2〜3年は持つ。どうしても取り切れない白っぽい泡の塊が残り、最後の瓶に入ってしまうが、大抵はしばらくすると泡は消えるので大丈夫。

※さてここで、従来のレシピに関してあれ?と思うことがあるので一言。
 大抵のレシピには砂糖の分量は濾した煮汁の8割から同量としてあるものが多い。しかしこれにはちょっと落とし穴がある。
 マルメロによっては加熱すると比較的すぐにやわらかくなって煮崩れるものもあれば、かなり時間がかかるものもある。後者の場合は煮汁がかなり少なくなるし、場合によっては差し水をすることだってあるだろう。そうなると、出来上がりの煮汁はかなりまちまちだ。すぐに煮えた場合、煮汁は多めになる。それと同量の砂糖入れても、マルメロに含まれるペクチンの量は大体決まっているだろうから、一定の濃度まで煮つめないとジュレにはならない。そうなると、かなり糖分が高くなってしまう。なので、生マルメロの重量で砂糖の量を決める。初めてマルメロのジュレを作ったのが、6〜7年前だろうか。以来、年2〜3回、秋から冬にかけてマルメロのジュレを作ってそのたびに分量や出来具合などメモしてきたが、生マルメロの半量の砂糖というのがちょうどいい。平均的には取れた煮汁は、大体生マルメロの重量の半分強くらいになるからだ。煮るのによほど時間がかかった場合、または驚くほど早くクタクタに柔らかくなった場合はその限りではないし、実際過去のメモを見ても、かなりまちまちだ。1500gの生マルメロで1100gの煮汁ができたこともあったが、これは早く煮えたのではなく逆で、差し水を繰り返して、水を入れすぎたのかもしれない。というわけで生のマルメロの重量を参考にする方が確実、というわけである。

 ※さらにもう一つ、従来のレシピにまた異議をとなえることになるが、濾すときは絞っても大丈夫、ということも言いたい。フランスのレシピも日本のレシピも、絶対絞らないで、と書いてあるものが多い。なぜなら絞ると濁ってしまうから。じっくり時間をかけてできれば一晩かけて自然に落ちるに任せるべきだと。わたしもそのレシピの注意書きを守って最初は時間をかけて濾していた。しかし、そうしても最初は濁っている。煮ながら根気に灰汁や泡を取り除いているうちに段々と透明になっていくのだ。そのうち、絞っても大丈夫な気がして絞ったら、やはりちゃんと透明になった。以来、手っとり早く濾すためにしっかり絞っている。絞ってると、もうトロトロのゼリー状の汁が出てくるそれをまた木べらで、こそげながら絞る。
さすがに果肉のカスが入ったりするとよくないので、あまり荒い目の布でぎゅうぎゅう絞りすぎるようなことは避けたほうがいいが。

 さてお次は果肉

ジャム用に煮汁を絞ったあとの果肉に砂糖を加えて一晩おいたもの。水分が染み出してくる。
ゼリー菓子にする場合は、砂糖を加える前にミキサーにかける。

 ジュレを作ったあとの果肉は、わたしはジャムにする。緩めに絞って、またはほとんど絞らず果肉に煮汁が多めに含まれるようにすると、香りがより高くなるが、そうするとジュレが若干少なくなるのでこのあたりは少し迷うところだ。できあがりはジャムよりジュレのほうが少ないのだ。
 煮汁を絞ったあとの果肉の重量を測り、その8割ほどの砂糖を加え水分が染み出してくるまで、しばらくおいておく。できれば数時間あるいは一晩。あとは普通のジャムと同じように煮詰める。わたしは木べらでかき混ぜながら、底にくっつくような感触が出始めたあたりで火を止める。

ジュレほどではないが、やはり赤みが増してきれいなローズ色に

 こちらでは果肉はパットドコワン pâte de coingというゼリー状のお菓子にするのが一般的。わたしも初期の頃はそうしていた。果肉をミキサーにかけ、重量の8割くらいの砂糖を加え、根気よくヘラが重くなるまで、目安として、縁が鍋から剥がれ落ちるような感じになるまで休みなくかき混ぜ、バットに伸ばして冷ますと、そのゼリー菓子ができる。かなり手が疲れる。

pâte de coing 表面に砂糖をまぶすこともある。
チーズと合わせたりもできるのでチーズ売り場でも売られていたりする。

 しかし、これお茶請けとして少し食べるにはなかなか美味しいのだけれど、かなり甘いし大量にできるのでちょっと持て余してしまう。なので、いまは果肉はもっぱらジャムにしている。ジュレ用に濾したあとの果肉が、とろっとしたジャムを作るのにちょうどいい。
 というのは何度かジュレを作らずに、つまり煮汁もそのまま煮詰めてジャムにしたことあるけど、ペクチンがかなり強いのか、固まってブルン、とした食感になってしまう。これは好き好きで、そういうジャムが好きな人はいいかもしれないが、わたしはもっととろりとしてる方が好みだ。もっともパットドコワンを作るのなら、この作り方のほうがしっかり固まるし、エキスも全部閉じ込めてマルメロの風味も強くなるのでいいであろう。この場合は煮汁+果肉なので、砂糖は生の状態のマルメロの8割〜同量で。

少し前に作ったジュレとジャム。
うしろ3瓶がジャム。瓶は370g入のジャムの空き瓶利用。
1400g弱のマルメロでこれと、入り切らなかった分もう少しできる。

 さて、この色について。生だと黄色い皮と、淡黄色の果肉なのに、どういうメカニズムでこの色になるのか?剥いて少しすると茶色っぽく変色してくるがそれとこの赤い色は関係あるのか。

切ってるうちにたちまち変色

 いろいろ調べたけど、今ひとつわからない。この赤い色の正体、実ははっきりわかってないのだという記事も目にした。謎なのである。
 ジュレが濃い赤になるときと黄みがかかっているときがあるが、以前はそれはマルメロの質によるものと思っていたが、最近気づいたのは、たまたまかもしれないけど、加熱時間が長いと赤みが強くなるのではないだろうか、ということである。あと、密封容器に入れたジュレは今のところ2〜3年持つが、その間にさらに色は濃くなっていくこともあれば、タイトル画像のジュレは2年前に作って最近開封したものであるが、色はほとんど変化なし。これもどういう具合で変化するのかあるいはしないのか謎。

 カリンが近種らしいが、日本ではカリンとマルメロが混同されてることがよくあるそうだ。カリンとして売られてるものがマルメロだったり、その逆もあったり。形でだいたい見分けられるそうだ。マルメロはいびつな洋ナシ型だが、カリンはほぼ楕円形ということだ。マルメロは生の状態で食べても美味しくないという程度で、食べようと思えば食べられないこともないが、カリンは渋が強くて、到底生では無理だそうだ。また、マルメロよりさらに硬いらしい。カリンは実際に手にしたことはないので、すべて、読んで得た知識だが。カリンも同じようにジュレやジャムになり、やはり加熱すると赤くなる。
 あとボケ(木瓜)の実ももっと小さいがよく似てる。英語でJapanese quinceフランス語ではCognassier du japon、日本のマルメロ、みたいな名前がついている。(正確にはカリンもそうなのだが、マルメロとは別属らしい。)このボケの実でぜひジュレを作ってみたい。マルメロやカリンと同じくいい香りがするということだが。ボケの実は日本でもフランスでも普通は売ってないので、どこかから分けてもらうしかないのか。ちなみに検索するとボケの実のジャムや焼酎漬けなら出てくるが、ジュレというのは日本のサイトでは見つからなかった。英語、フランス語だといくつかヒットする。実に関してはcananga とも呼ばれるので、Japanese quice jelly または gelée de canangaでいくつかレシピや動画が出てくる。
 ボケはこちらでは観賞用によく植えられており、花は公園などでもよく見かけるが、実がなっているのは見たことがない。ボケの実が手に入る方、ぜひジュレを作ってみて下さい。


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