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Bar MoonWalk 三条六角通り店


 Bar MoonWalk をご存知であろうか。それは、どんなお酒も200円で楽しめるお値打ちなバーとして有名である。そして、なによりも京大出身の小説家、森見登美彦さんの名作「夜は短し歩けよ乙女」の作中に登場することで、その名を馳せている。バーとかいうお洒落な店とお前の何が関係あるんだという声が聞こえそうだ。お前みたいな、田舎臭くて芋臭い童貞大学生にバーは似つかわしくないと。私は、甘んじてこの批判を受け入れる。私は、バーとかクラブとかインスタとかアヒージョとか、なんか洒落てるものの対極に位置する人間だ。しかし、私はこのBar MoonWalk でお酒を飲んだことがある。急に訳の分からないカミングアウトになってしまったが、とにかく私はそんじょそこいらの、童貞京大生とはモノが違うのである。「バー」で「お洒落に」お酒を飲んだ経験を持つ私は、それだけでその他大勢の童貞京大生と差別化される。されるべきである。なんとも惨めなイキリ方をしたところで、Bar MoonWalkに行ったときの話に移りたい。



 それは、残暑が厳しい9月半ばのことであった。私は、学科の男達3人と夜の木屋町界隈に繰り出した。もうこの時点でとんでもない大間違いである。バーというものは、男女で行くべき場所なのだ。決して理系芋臭京大生4人で赴く場所ではない。しかし、我々4人の中にその特大ミスに気がつく者はいなかった。



 勇気を振りしぼり、入店するとそこには「魅惑のオトナ世界」と形容せざるを得ない空間が広がっていた。薄暗くて、重低音の心地よいBGM が流れ、たくさんのお酒が棚に置いてあった。先ほども述べたように、Bar MoonWalkはお値打ち、すなわち学生向けのお店らしかった。しかし、そこにいた客はお洒落で、バーという空間に溶け込み自分とはまったく違う人種に思えた。一方で私は場に圧倒され、私の存在は店内で圧倒的に異質であったといえる。だって、全身ユニクロの服に身を包んでいる人は私しかいないに違いないのだ。ついでに言うと、童貞も私しかいなかっただろう。私は、場の雰囲気に合わせようと必死だった。まずは、声のトーンを落とし、遠くを見つめるような目線を意識する。次に、物憂げな表情を顔に浮かべ、肘を机の上に置き頬杖をつけば完璧である。こうすることで、見た目は全身5000円くらいのコーディネートで図体だけデカくなった中学生のような見た目なのに、諸々の所作はまるでバー熟練者とかいう奇妙な生き物が誕生する。誕生してしまう。全然完璧じゃなかったわ。というか、バーのあの雰囲気の中で、他の男女は何を語らっているのだろう。わざわざバーに来ているのだから、それ相応の込み入った話をしているに違いない。愛を囁きあったりしているのだろうか。はたまた、正義だとか教育だとか権利だとか難しい話をしていたりするのだろうか。私には見当もつかない。ちなみに私はというと、筋肉痛が3日治らない話だとか、最近京都市の水道水を飲むことに抵抗がなくなった話をしつつ、男子大学生はシャワーで済ますべきか毎日湯船に浸かるべきか議論しようとしていた。TPOという言葉を、母のお腹に置いてきてしまった者にのみ許された芸当である。そんな話、公衆便所で立ちションしながらしてもらいたい。



 メニューに目を移すと、訳の分からない名前のお酒がたくさんあった。カクテルとかのネーミングセンスは、もうちょっとどうにかならないものだろうか。初心者にも分かりやすくして欲しい。私は心の中で「『天国と地獄』とかいう酒、カッコよすぎる、、、」だとか、「『セックスオンザビーチ』だって!ギャハハハ」だとか、今どき中学生でも反応しないであろう単語に敏感だった。やはり惨めである。私は数あるお酒の中から、「偽電気ブラン」というものを注文した。このお酒は「夜は短し歩けよ乙女」の作中に登場するもので、この小説を読んだ人なら、一度は飲んでみたくなる酒だった。ここで、店員さんは私が理系芋臭京大生であることを察したに違いない。初っ端に「偽電気ブラン」を頼むなど、「夜は短し歩けよ乙女」を読んだミーハー京大生が真っ先にやりたがることなのだ。その後も、「なんか名前が強そう」な酒を優先的に注文し、(ちなみに、一番名前が強そうな酒は「コスモポリタン」だった)先ほどの議論は「男子大学生は毎日湯船に浸かるのを面倒臭がるが、極力浸かった方がよい」という結論に落ち着いた。



最終的に私たちは、二時間ほどバーという空間に酔いしれていた。これが、芋臭大学生・私VS Bar MoonWalkの1回戦の様子である。 そう、実はその後私とBar MoonWalk は2回戦、3回戦と激闘を繰り広げることになるのだが、その話は次の機会に。

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