何を教えるかの前に、なぜ学ぶかを考える。 リヒテルズ直子さん「未来を作る教育と日本の教育の可能性」

自由学園で開かれた第14回地球市民教育フォーラムの講師は、オランダ教育・社会研究家のリヒテルズ直子さん。「未来を作る教育と日本の教育の可能性」をテーマに語られました。

いま教育は、グローバル化とAIの進化の中で、どうあるべきかが問われています。

まず、AIに関して。旧来型の教育は、人間をAIのようにしようとしてきました。過去のデータベースを分析した上で答えを出すということをAIが担うようになると、これからの人間にとって、人間ならではの特性を生かすことが重要になってきます。それは、一人ひとりが違う個性を持っているということ、そして、触覚などの感覚を持っているということです。

そして、グローバル化。グローバル化には良い面と悪い面があり、一人ひとりの選択の積み重ねがその行く末を左右します。 OECDによる「グローバル時代に求められる人間の能力の4つのドメイン」は以下。

1. 世界と身の回りの環境を関連づけて探求する
2. 自分と他者の立場を理解し受け入れる
3. 自分の考えを効果的に多様な受け手に伝達する
4. 問題解決のために自らの考えを行動に移して実行する

これらのドメインで示されるような力を育む教育は主流ではなく、一人ひとりの先生の工夫程度では、時代の変化に対応できる人間を育てることはできません。教育の枠組みそのものを考えていく必要があります。そこで注目されているのが、オランダの『イエナプラン』です。イエナプランの7つのエッセンスは以下。

1. 責任を持つ力
2. 振り返る力
3. プレゼンテーションする力
4. 協働する力
5. 物やアイデアを生み出す力
6. 計画する力
7. 物事に進んで取り組む力


リヒテルズさんはそのポイントを以下の5つの5Cとしてまとめています。

・Communication
・Creativity
・Cooperation
・Citizenship
・Critical Thinking

イエナプランは、ヨーロッパを中心に起こった「新教育運動」の流れをくむ考え方です。近代的な教育は、20世紀初頭、都市に集まる工場労働者を育てるためにはじまりました。日本では明治維新後に形づくられましたが、その目的は国民の工業化/軍事化への適応でした。

経済を最優先とする社会は恐慌と世界大戦を招くことになり、一部の教育者たちは深い反省のもと、「産業化と軍事化のための教育」から、「子ども中心の民主的な市民社会のための教育」を構想しはじめます。講演が行われた自由学園を創立した羽仁もと子も、その一人です。この新教育運動は、戦後を経て今につながるオルタナティブ教育につながっています。

近代教育は、AIのように均一な人間を作ることを目的にしていました。しかし人間は本来、それぞれがデコボコの個性を持った存在です。それぞれ違う個性を持つからこそ、協力することで大きな力を持ちます。イエナプランの特徴をまとめた「8つのミニマム」は以下。

・インクルーシブな思考に向けた教育
・学校の民主化
・対話の重視
・教育の人類学化
・ホンモノ性
・自由
・非難的思考に向けた教育
・創造性

これらの逆を思い浮かべると、従来型の教育に当てはまるのではないでしょうか。イエナプランのビジョンを学校の運営に翻訳すると、以下の活動になります。

・異年齢学級…実社会では同じ年齢の人だけで生活することはあまりない。
・4つの基本的な活動を使ったリズミックな時間割…対話、遊び、仕事、催しを、人間のバイオリズムに合わせて構成
・ワールドオリエンテーション…総合的な学びと教科的な学びを行き来する
・保護者の参加による共同体づくり…子どもの教育をしながら、大人も成長していく

「ワールドオリエンテーション」というのは、イエナプラン独自の手法で、「ホンモノの問い」を、子どもたち自身で生み出すために行われます。ホンモノの問い」とは、「自分が本当に答えを知らない」問いのこと。たとえば、リンゴを題材にする場合、教科的な学びでは「リンゴが5つあります」といった問題から、決まった答えを導くことを教えます。それに対し総合的な学びでは、「リンゴとは何か」という問いから始まり、リンゴはどこから来たのか、誰がどのように作ったのか、と探求していきます。問いから出発して、システムを探求するのです。その中で必要になってきた知識を教科的に学ぶ、というかたちで、総合的な学びと教科的な学びを行ったり来たりすることで、知識が意味を持つようになっていきます。自発的な「問い」がないと、文科省が身につけさせようとしている英語も、プログラミングも、ただの詰め込みになってしまいます。

では、その実践の場としての学校は、どうあるべきなのでしょうか。共同体としての学校は、自由と創造性、そして連帯と博愛を育てる場。まず、教育を個人個人ではなく、共同体で行う意義は、他人との違いを理解し、価値観を広げること、そして社会への責任を育てることにつながるからです。学校に求められるものは以下。

1. 子どもたちの「自由」を育てるための「枠組み」があること
2. 学校に「社会=共同体」があること
3. 学校にいる大人たち(教師と保護者)が自由と責任を持って行動していること

大事なのは、自由の行使の仕方を安心して学べるよう、自由の範囲を徐々に増やしていき、成長していくにつれ責任を学べる環境をつくっていくこと。

こうした環境を「自治」として子どもたち自身で成り立たせるために大切なのが、「皆が気持ちよくすごせるには」というテーマの元、ルールづくりをすること。このルールづくりは、法は自分たちでつくるもの、という、シチズンシップの教育にもつながります。社会に先生はいませんから、自分たちでルールをつくらねばならないのだ、というマインドを育てるのですね。

イエナプランが重視する「自由」は、最大限に自分を表現して生きるということ。人間は一人ひとりがユニークな個性を持って生まれている。その個性を活かし合うことで、世界はもっと豊かになるのです。すべての人が心地よくあること、という限度の中で、社会に対して責任を持ち、自由を行使する。そんな人間を育てる教育が求められています。

最後にリヒテルズさんは、日本にいる私たちへのメッセージを残されました。日本の自然、地域社会には、欧米が失ってしまったものがたくさん残っています。今までの全てを否定するのではなく、まず足元を見つめ直し、良いところは伸ばし、悪いところは改めて行くことが大切、とのことでした。

自分を最大限に表現すること、そして、市民として社会をつくっていく責任があることは、私たち大人自身も忘れがちな、大切なことだと思いました。子どもの教育を変えていくことはもちろん、大人の学び直しも必要なのかもしれない。そう考えさせられたのでした。

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