公共の場でのポルノの掲示についてJ・S・ミルは何と言うか?

 『「表現の自由」入門』の著者のナイジェル・ウォーバートンは次のようにいいます。

一冊の本が言論の自由に関する哲学的論争を支配しつづけている。ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』である。

ナイジェル・ウォーバートン『「表現の自由」入門』(森村進/森村たまき訳 岩波書店 2015年)p. 25

 ミルの『自由論』は、表現の自由をめぐる議論において、それほど重要な本なのです。

 さて、公共の場でのポルノの掲示について、ミルの『自由論』の視点からはどんなことがいえるでしょうか。結論からいえば、私が思うに、ミルの『自由論』の視点からでも、公共の場でもポルノの提示は禁止されるべきだということがいえます。

 ミルは『自由論』にて、社会が個人に行使してよい権力の限界について論じました。ミルは次のようにいいます。

文明社会のどの成員に対してであれ、本人の意向に反して権力を行使しても正当でありうるのは、他の人々への危害を防止するという目的の場合だけである。

J.S.ミル『自由論』(関口正司訳 岩波文庫 2020年)p. 27

 この考えは「危害原理」や「他者危害原理」と呼ばれ、自由主義の基本的な考えの1つになっています。

 また、ミルは次のように言論の自由を強力に擁護しました。

私は、意見表明に対して強制力を行使する権利を、国民自身にもその政府にも認めない。そのような権力自体が不当なのである。最善の政府でも、最悪の政府と同様に、そういう権力を持つことは許されない。

J.S.ミル『自由論』(関口正司訳 岩波文庫 2020年)pp. 41-42

 なぜ、意見表明に対する強制力の行使は不当なのでしょうか。ミルは次のようにいいます。

意見表明を沈黙させることには独特の弊害がある。沈黙させることで人類全体が失ってしまうものがある、ということである。(略)〔第一に〕もしその意見が正しいのであれば、人々は誤謬を真理に取り替える機会を失う。〔第二に〕もし誤りであっても、ほとんど同じくらい大きな利益を失う。真理と誤謬との衝突があれば、それによって、真理はさらに明確に認識され、いっそう鮮烈な印象が得られる。この大きな利益を失ってしまうのである。

J.S.ミル『自由論』(関口正司訳 岩波文庫 2020年)pp. 42-43 〔〕は訳者による補足

 つまり、ミルによれば、人々に意見を表明する自由があることは、その意見が真理であろうが誤謬であろうが、人類にとって利益となるのです。

 それでは、私たちは他者に危害を加えないのであれば、どんな表現をしても許されるのでしょうか。ミルは、最終章である第5章の「応用」にて、次のようにいいます。

さらに、直接的に害がおよぶのは行為者本人だけなので、法律で禁止すべきではないが、公然と行うときは良俗に反しているので、他人に対する侵害の部類に入ってくる行為も数多くある。これらは、禁止しても正当と言えるだろう。この種のものとしては、品位を欠いた行為がある。(略)それ自体としては非難すべきものでなくそのように考えられていない行為でも、公然と行なわれる場合には、同じように強く反対されることは多いのである。

J.S.ミル『自由論』(関口正司訳 岩波文庫 2020年)pp. 215-216

 つまり、ミルによれば、公然と行われる場合にかぎっては許されない行為もあるということです。
 
 ミルはこの問題についてこれ以上のことを述べていないので、ここでミルがどんな行為を念頭に置いていたのかは不明です。ゆえに、読者が考えをめぐらせるしかありません。
 
 私が思うに、全裸になることや性行為は、ミルがいう「公然と行われる場合には、同じように強く反対されること」の部類に入るのではないでしょうか。
 
 全裸になることや性行為は、それが私的な場で行われるのであれば、関係ない他者の目には入りません。しかし、それらが公共の場で行われれば、まったく関係ない人々の目に入ることになります。
 
 全裸や性行為がまったく関係ない人々の目に入れば、その人々はひどく嫌な思いをするかもしれません。また、私たちはそうしたものを子どもたちにむやみに見せるべきではないでしょう。

 さて、公共の場でポルノを掲示することは、公共の場で全裸になったり性行為をしたりすることと同じ効果を持ちます。というのは、実際に人が全裸になったり性行為をしたりする場面を目撃することと、人が全裸になったり性行為をしたりする掲示物を目撃することでは、程度の差はあるかもしれませんが、人々にひどく嫌な思いさせるということに変わりはないからです。

 以上の議論が正しければ、ミルの『自由論』の視点からでも、公共の場でもポルノの提示は禁止されるべきだということがいえるでしょう。私が思うに、いくらミルが言論の自由を強力に擁護したといっても、ミルは公共の場でポルノを掲示することに味方してはくれないでしょう。

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