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読書感想文『夜の写本師』

こんにちは、まるです。

肌寒くなるとホットカーペットの電源をつけて、足元に毛布を置きながら読書をするのが好きです。
今は読書の秋、そして11月8日に皆既月食があったこともあり、今回は月の魔法をめぐる物語、『夜の写本師』(乾石智子著)の感想を書いていきたいと思います。

『夜の写本師』 乾石智子 東京創元社

私がこの本に出会ったのは高校2年生のとき。学校の図書室でなんとなく取った本でした。
表紙のイラストが素敵ですよね。


あらすじ

物語の内容は魔法を扱うファンタジーです。
主人公のカリュドウは生まれた時に右手に月石、左手に黒曜石、口の中に真珠を持って生まれた不思議な男の子です。村の魔道師であるエイリャを育ての親として幼馴染と平和な日々を過ごしてきましたが、ある日エイリャと幼馴染を目の前で魔道師に殺されたことから彼の人生は大きく変わります。2人の仇を取るためにカリュドウは魔法の腕を磨き、力を付けてゆきますが自身の壮絶な前世を知って、復讐は千年も前から始まっていたことを知ります。カリュドウは自身の運命をどうやって切り開くのか、繊細な文章で語られる物語です。


魅力その1  職人の技

題名にあるように「写本師」がこの物語では登場しますが、この「写本」が凄まじいのです。もちろん現代のようなコピー機ではありません。中世のような世界設定ですので、全て手作業です。しかもただ原本を写せばいいという訳ではないのです。

インクひとつにも写本師たちはこだわった。写本師個人の好みや傾向もあった。独自の装飾をつけくわえたいと願っている写本師が、縁飾りの赤の色を求めて何番と何番をどれだけの割合にするか、何時間も試行錯誤し、やっと納得する場面など珍しくもなかった。…(中略)…妥協を許さない厳しい職人の信念がそこにはあった。
『夜の写本師』乾石智子著 第7版 p.64
原本のその一文字は、縦の線がわずかに毛羽立っている。紙の流れにさからって、下から上に線をひいたのだ。…(中略)…一字ずつ、順序を逆にして書いてある部分、わざと紙をひっくりかえして書いた部分、二度書きしている部分。
『夜の写本師』乾石智子著 第7版 p.72

1ミリ足りとも損なわない正確さが要求され、凄まじい集中力で取り組まなくてはいけません。しかも納期があるのです。誰にも真似ができない、まさに神技。

上等な羊皮紙を使うのか、羽ペンはどの鳥の羽を使うかまで決めていきます。
この設定の細かさも魔法ものファンタジーの魅力の一つですよね。


魅力その2  魔法

『ハリーポッター』では魔法を使う時に杖を使いますよね。『夜の写本師』では本を使う魔法があります。本のページを破って火に焚べたり、獣に食べさせたり、本を開いただけで魔法が発動こともあります。電子書籍より紙の本好きとしては「ほ、本を破るだなんて…」とも思いますが、魔法の本というアイテムは本好きとして心躍ります。

文字が書かれた紙が不思議な力を持つというこの設定は、私たちの世界でもあります。例えば神社のお札もそうですね。「言霊」という単語があるように言葉自体に力があるとも信じられています。また作中に人形を使う魔法も登場しますが、これは「わら人形」も同じですね。様々な魔法が出てきますが、実は私たちに馴染み深い力でもあるのです。


魅力その3  女と男

この物語は女性と男性でもともと扱える魔法が違うという設定があります。例えば女性は「月の力」を持っており、それは男性には無い力であるといったふうに。生理を月経とも呼ぶのでなんとなく理解できますね。
あまり書くとネタバレになるので控えますが、物語ではこの女が持つ力を宿敵の男に奪われたことから復讐が始まります。では宿敵の男を力でねじ伏せて終わりなのかというとそうではありません。

この作品は男と女の対立が主ではなく、「混じり合い」について書かれていると思います。反発するのではなく、決して一つにはならないけれど巡り合って混ざっていくもの。女の力を奪った宿敵の男に、男である主人公が向かうのは何故か。女で立ち向かうのではなく、男にした意味。それはこの「混じり合い」にあるのではないでしょうか。私の語彙力ではなかなか上手く表現できませんが、「男に対して強い女でねじ伏せる!」ではないことをぜひ読んで感じてみてください。


最後に

私が高校生でこの本を読んだ時は、全部を理解することはできませんでした。大人になった今もまだまだ完全に理解したとは言えませんが、あの頃よりは自分の中で経験したことをふまえ、考えを巡らせるようになりました。
印象的なセリフがあります。

「若くてきれいだと?それが女の、母親の条件だというのかえ?そなたに女のなにがわかる。…(中略)…女の辛さ、苦しさ、哀しさのなにがわかるというのだえっ」
『夜の写本師』乾石智子著 p.291

このセリフはずっとずっと私の中で反響するのです。

作中に登場するとある国は男尊女卑な行いが国中に浸透しており、女性が自立するのは難しいとされています。私たちが生きているこの世界でも思い当たる節がありますね。悲しいことですが、性別を理由に弱い立場に置かれることがあります。相手にされなかったあの時の態度、誰かの心無い言葉、そして暴力…女性だけではなく、きっと男性にも経験があるでしょう。

今の日本はようやくジェンダー問題に向き合い始めたばかりです。女、男では無いのです。誰かと会ったとき、人間として個人を見つめて向き合えていけたらいいなと感じました。

学ぶことが多いと感じる、今日この頃。
今回はここまで。

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