見出し画像

【音楽連載】透明という色|漆黒の音|音楽と文:慶田盛大介@石垣島


たゆたう

たゆたう、
オオゴマダラ。
沖縄に生息する蝶。

白い肌に、黒い熱帯の模様を纏う蝶。
風に吹かれる蝶。
行き先を定めず、吹く風に
身をまかせているような舞いかた。
それは『たゆたう』という言葉が蝶にとりついているかのようなのだ。

蝶のようにたゆたってた人

僕が幼少の頃、『しんとく』というホームレスがいた。
730交差点や旧離島ターミナルあたりでよく見かけ、髭をはやし髪はボサボサで、ボロボロのシャツとズボン。
誰もが視線をそらしてしまうような風貌。730の石碑の上で下半身をさらけながら、酔い潰れて横たわる姿は、幼少期の僕の価値観をぶっ壊した。
また、折り紙に天才的な才能を持っていたしんとくは、
旧離島ターミナルの傍らで新聞紙を使い、折り紙を折って声をかけられた観光客や島民などにプレゼントするなど浮世離れした世捨て人だった。
島の街を風に吹かれるままにたゆたい、寝たい時に寝て、折りたい時に折り紙を折る。
しんとくの折る折り紙は、しんとくの心の中の世界だったのかもしれない。
それでも、街のみんなは、
「しんとく!しんとく!」といって親しみを込めて呼んでいた。
しんとくを無下にする人は少なく、商売している人たちからは
「しんとくがお店にやってくると商売繁盛する」とまでいわれていた。

まるで、東北地方で人神として崇められてる仙台四郎のように。
(仙台四郎) 

透明という色

透明、光がその物質をよく通り、透き通って見えること。
しんとくは何を見つめていたのだろうか?
うつつ世と夢世の隙間をたゆたいながら。
大地を寝床とし、大空を天井と仰ぐ人。
『そこにいてもいなくてもどうでもいい、もしくは見えない』と思われがちな『存在の色の人』
気が向けば、吹きさらされてた新聞紙を折り、自身の依り代を丹念にカタチにし、酒を入れ、寝床に帰っていったのだろう。
そんなしんとくのことを思い出してた時、こんな詩が生まれた。

『たゆたう』

 たゆたう この ほしを
 目をあけて リアルに
 たまには まじめに
 目をつぶって 耳すます
 ためしに 柄じゃないこと
 笑って やってみる
 たしかに 柄じゃないな
 と思い また たゆたう
 しあわせは つま先にあった
 すぐ目の前で まっていた
 だけども 常識や習慣のかべが
 僕らを 押しとどめてる

風に吹かれて

ボブ・ディランは詩った。「答えは風の中に吹かれてる」と。
「常識や習慣」そして「誰かの考え」から距離をおき
風に吹かれながら、たゆたい、自身の心の世界を新聞紙で折っていた人、しんとく。
情報や物に溢れた現代、僕たちはもう一度、「持たないこと」にも着目し自分の「透明な色」を探してみるのもいいのじゃないかと、ふと、夕暮れのサザンゲートブリッジを見つめながら思う。
透明な色、風の色。
人びとの想いを含ませた世界を織りなし紡ぐ スピンドル。
その糸からはカラフルな世界が広がっていくのだ。

今月のふろく

①縁をつなぐレシピ | Baraque田中すみれさんのフライドエッグバインミーレシピ
↓まちのコインまーるからお申し込みいただいた方にお送りします!↓

ーーー

この記事を書いた人

慶田盛大介
1978年石垣島生まれ。大学進学とともに上京。バンド、ユニット、ソロで音楽活動をし、指笛で紅白歌合戦に出場。2021年、クラウドファンディングを達成し、制作したCDアルバムをひっさげて帰郷。2022年、服とギャラリーの店kan-kanをOPEN。現在、石垣島を拠点に音楽のみならず、全てのアートをツールとし表現中。
<このコーナーの他の記事を読む>
ーーー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?