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(2022/01/05)あの娘

なぜだか昼過ぎから調子が良くて街へ赴き、7階建ての本屋さんに行った。
エスカレーターをあがってなんとなく目の前の棚を見ていると、少し年下と思われる女性が隣に立った。

可愛い。背は低いけれど、まつ毛は黒くて長く小悪魔めいたつり目、お人形さんのように整った顔立ちの女の子。

あの娘を思い出した。

心臓がどくどくしてお腹の奥がぎゅっとしまる感覚があった。

あの娘のはずがない。
この時間この街にいてもおかしくない、けれど、まず本屋さんの3階にまで登ってくるはずがない。フロイトのコーナーにいるはずがない。

メゾンドフルールのトートなんて持ってるはずがない。私が知らないハイブランドのバッグを我が物顔で持ってた(らしい)んだあの娘は。

でも、きれいに巻かれた長い黒髪に、薄いピンクのAラインコートとブーツ。トートにはマイメロディのマスコットがついている。いわゆる「女の子らしさ」が詰まった大学生くらいの子をみると初めて会ったときのあの娘を思い出すのだ。
(当時まだ量産系とか地雷系って概念は確立されてなかったと思う)

詩集と短歌の棚まで逃げるように歩いた。

村岡由梨さんの「眠れる花」という詩集を開いて数ページ読む。粘膜がひりひりした。

私の所属コミュニティが少なく狭すぎたせいなのだが、彼女は私が出会ったことのない種類の女の子だった。

当時の私は今以上に感覚が鈍く他人に興味が無くて、彼女のことは顔が可愛くてお喋りも上手くてすごいなあ~くらいにしか思ってなかった。

彼女はとんでもなかった。全てを虜にする力を持っていた。誰もが彼女に夢中になり、そして静かに狂っていった。彼女のいるコミュニティは、全て彼女の手中にあった。

私は自分の常識がいかに浅はかで、自分以外の前では通用しなくて、自分の今までいたコミュニティ-中学高校のことは多様性のかけらもないクソ進学校と思ってた-がいかにまともな大人によって守られた安全空間であったかを思い知った。
高校卒業から6年も経っていた。


たぶんよくある話だし、私が知るには遅かっただけ、そう思う。

でもそんなこと一生知らずに呑気に恋なんかして死んでいくであろう友達の顔が浮かんで悔しくなった。
そりゃあ友達も大学のサークルや職場で人間関係のトラブルに遭うことがゼロではなかっただろうけれど、

まともな両親に、裕福な実家ならではのコミュニティ、心の余裕、持ち家があること……私が友達を羨むのは初めてではない。

高校生の頃はそれが歪んで「両親に敷かれたレールを走る人生www」なんて思った。でも自分の進路って本当に全然決まらなくて、「決められた道歩むほうが楽じゃん」ってやっぱり羨んだ。(そういう子がゆうに教室の半数以上を占めてたし)


最近はジェラシーにエネルギーを割くことはめっきり減った……と思うけど、

私はどっちつかずで、つまり少数派で、分類されるのを嫌うけど、無所属は孤独に陥りやすくて、自分とばかり会話している。


白いファーが目に眩しい。

万年筆とインクのコーナーに行き、インク瓶を眺めて心を落ち着けた。時間をかけて気に入った色を選んだあと、深呼吸をして店内を一周、さきほどの詩集を手にとってエスカレーターへと足を進めると、その女性は検索機の前にいた。
流行りの文庫本の画像が見えた。


経緯は偶然の事故のようなものだが、私はあの娘のカーディガンのボタンを持っている。薄ピンクの肩から落ちるデザインのざっくりしたカーディガンの、きらきらの飾りボタン。銀の小さい輝きが敷き詰められたボタン。

それを私はずっと生理用品の入ったポーチに入れている。それは分厚いナプキンの間で擦れる。1年近く経ったね。遠くに行ったとき捨てようと、海にでも投げこもうと思って-あれから東京にも、淡路島にも北九州や山陰山陽にも行ったのに-未だにここにある。旅行中はさすがにあの娘のことなんて忘れてるから。

何百時間を泣いて、ぼんやりして、過食して過ごしたかわからないあの娘の街の私鉄駅のトイレのごみ箱に入れるのが正解なんじゃないかな、と思ったりもした。でもあの街にはなんとなく近寄りがたい。というかわざわざ途中下車する理由もない。もっと安いドラッグストアも見つけたし、カラオケは未だ地域最安だけど、JRで行けるし。

どこか私の知らないところで娘になったり女王になったりしてるんだろうなあのこは。


未だ都会は道に迷いそうになる。遠回りして巨大なドラッグストアに行き、日用品を買いだめした。ビタミン剤、コットン、洗顔剤、剃刀……

普段使わないのにデリケートゾーン用の石鹸とボディクリームなんて余分に買った。

いつもよりじりじりした気持ちでいたせいか、無意識に剃刀の刃をすべらせていたようで、足首を深く切ってしまった。手首と足首のスナップがきかない私にはよくあることだが。中学生の頃テニスの授業でボールを地面に打ち付けるのがひとりだけできなくて落ち込んだんだな。四泳法マスターしてるのに跳び箱10段とべるのに長距離走だって負けん気で食らいつくのに、球の前だとあまりに無力な私。

溢れ続ける鮮血をティッシュでおさえつけ、ボディクリームを塗り、服を着てドライヤー、顔の産毛を剃って(保湿ジェルが面皰にしみる)、足首に絆創膏を2枚貼る。

いつもより歩いたからか、リュックが重かった。私のリュックには綿棒も割り箸もカイロも除菌シートも筆箱も文庫本も日記帳もメイク道具一式も入ってるのに、どういうわけか折り畳み傘は忘れる。

どうにも肩と首と腰が痛くて、荷物の重さをはかったてみたら5.2kgだった。

中学時代は13kgのスクバを右肩にかけて往復2時間通学していたというのに!(そのせいか私の右鎖骨は左に比べて凸でない)

25歳の身体は確実に終焉に向かっているのだった。全身の粘膜がびりびりして叫んでいる。否応なしに己の性別を認識させられる。

寝つきはいいほうなのだけど、全然眠れずまだ腰が痛い。なのに翌日もまた3冊の本を買ったのだった。本を読むには時間が足りなさすぎるのに、またこうやって吐き出している。最近は全部日記帳に閉じ込めてるからツイートやnoteやはてブで叫ぶことは減ったけれど、時折こうやって長文を出したくなるのは、まだインターネットに夢をみていた頃の自分に向けてんだと思う。

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