死生観についての講演を聞いて思ったこと。

高野綾子さんの「『自分を大切にする生き方と逝き方』
ーセネガルで感じた死生観のお話ー」という講演を聞きました。
高野さんがまとめた内容はこちらから
https://note.com/ayako_holon/n/n231c166bd76d

講演者の高野さんは、大学病院の看護師をへてセネガルの青年海外強力隊に参加した女性。
セネガルの死生観として紹介された言葉。
「神様がその人を生かそうとすれば自分で食べる。食べないのならば神様がもう十分だよと言ってるんだよ。」

その言葉で思い出したことがありました。
亡くなる1カ月前の彼の言葉。
がんの転移よって十二指腸が狭窄して、食べたものが胃から腸に届かずに嘔吐を繰り返し、胃管を入れることになりました。
水分以外は取らなくなりました。吐いてしまうから。

「生きたいのに、吐いちゃう、俺自殺してるってことなのかな。」

混乱しながら泣きながら言った言葉に私は何て言っていいかわからなかった。今思い出しても泣きそうになるくらい、私にとって辛い思い出です。
講演を聞いている最中にも思い出して泣きそうになりました。

私は今、看護師として終末期の病棟で働いています。
ご自身の口から食べられなくなった方は点滴で栄養や水分を投与していくことも多いですが、やはり生の終わりが近いことには間違いありません。

「食べられなくなったら神様がもう十分だと言っている。」
私もそう思っています。
自分が口から食べられなくなったら、点滴はせずに死にむかいながら生きていきたいと思っています。

そう思うようになった私は、当時の彼を否定していることになるんじゃないか?といきなり思って突然怖くなりました。
当時の彼は、嘔吐を繰り返し、栄養剤や水分を点滴していました。そして私も「どんな状態でも生きていてほしい。」と思っていたのも事実です。そしてその点滴のおかげで食べれなくなってから1ヶ月半ほど生きていられたのも事実だと思うのです。

講演を聞いてから色々なことに考えがめぐりました。

私は「能動的に生きること」は痛みや苦痛が軽減することにつながると思っています。自分で決めて生きていくことが緩和ケアにつながるのです。
それは私の個人的な考えですが、思い出すと彼はいつも自分で決めて生きていました。ギリギリまで仕事をして、できるだけ入院せずに治療ができる方法を選んで、自分が大切にしていることを最後まで選んで生きていました。

食べることもお酒を飲むことも大好きな彼が食べられなくなる、吐いてしまう。
「食べることは生きることなのに、食べないで吐いてしまう自分は自殺していることになるんじゃないのか。○○(私)ちゃんと生きていきたいのに。」

ここまで思い出して、看護学生時代に出会ったホスピス医の小澤竹俊先生の言葉を思い出しました。
「解決できない悩みを抱えていても、人は穏やかに生きていくことができる。」

彼は、死んでいくこと、食べられなくなること、解決できない悩みを抱えていたけれど、穏やかな時もありました。
車椅子で上の階の自販機までジュースを買いに行ったこと。
仲の良い看護師さんたちとの会話。
二人でテレビを見ていた病室。

点滴も使わず、最後まで凛として死ねればかっこいいけど、辛くても苦しくても、どんな死でも、どんな生でも、がんばって生きてきたことに変わりありません。

講演で最後に紹介された医師の帯津良一先生の言葉。
「誰もががんばって生きている。そのゴールが死であり、それは新たなる生のスタートラインです。その瞬間が近づいた時がんばってきた自分を精一杯褒めてあげてください。力いっぱい生きた自分を誇りに感じてください。こんなにも成長できたことに感謝してください。」

帯津良一先生著 「粋な生き方」より


どんな生き方もどんな死に方もオールOKと言ってくれた講演者の高野綾子さん、帯津先生が本当に素晴らしくて、講演を聞いた直後は頭がぐちゃぐちゃになっていたのですが、数日たって気持ちの整理がついてきました。そうして思ったのは、彼は本当にがんばって生きてきたなということ。

そして私はやっぱりどう考えても自分のために看護師になったんだなと改めて思いました。当時の色んなことの答えを見つけて、当時の私と彼に寄り添いたいたかったんです。それはそれでOKじゃないですか。と思えました。

「どんな時の自分にも○まるをつける。」
それが「今の」私の死生観です。



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