とにかくカッコいいコチシュ
残念ながらこれは動画ではないが。(写真右側がコチシュ)
ゾルタン・コチシュ。
ハンガリー人のピアニスト。
同期のアンドラーシュ・シフ、デジュー・ラーンキと合わせてハンガリーの三羽烏と呼ばれていた。
そのうちゾルタン・コチシュは一番に早く天に召されたが。
わたしは二十代の前半にこのゾルタン・コチシュと出会い、かなりショックを受けた。
N響アワーでベートーベンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」を演奏していたのを観たのがきっかけ。
その頃、開けても暮れてもベートーベンだったわたしは、その演奏を観て、
「こんなにパワフルで美しく明瞭な音を持つピアニストははじめてだ」
と感銘を受けた。
翌日にはCDショップを訪れていた。
ゾルタン・コチシュのCDならなんでもいいと思ったが、そこにあったのは、ベートーベンのピアノソナタが収められたCDだった。
丁度、ハマって弾いていたピアノソナタ第八番「悲愴」が入っていて、どれどれと聴いてみた。
な、なんだこれは!
は、速い!
とにかく速くて目まぐるしいのだ。
ところが、それが胸がスカッとするほどに気持ちいい。
第一楽章の出だし、グラーヴェ。
極端に遅いな、と思いメトロノームと合わせたら、なんとぴったり計ったかのようにグラーヴェで弾いていた!
それからアレグロうんちゃらになるのだが、そこからが速い速い。
疾走感がとにかくものすごい。
これを真似ようとやってみたが、とてもじゃないが、その速さでは指が追いつかず弾けなかった。
なんと、ヘッドフォンで聴いてみると、ピアノの音の向こうにコチシュのごお~っとした息遣いが聴こえてくるのだ。
それはそれは鬼気迫るものだ。
第二楽章、アダージョカンタービレはコチシュの持つ本来の音の美しさが際立ち、しかし歌いすぎず、清爽な演奏だ。
第三楽章ロンド、アレグロ。
速弾きで、音が転がるように弾きあげられていく。
まるで真珠の粒がコロンコロンと階段を落ちるように。
そして、本当にカッコよく終わりを迎える。
その小気味の良さに圧倒される。
ぜひ、このカッコいいコチシュのベートーベンを聴いてほしい。
そのCDを聴いてから、ゾルタン・コチシュはわたしの心の師匠になったわけだが、ピアニストとして来日されたのはいつだったかよく知らず(当時名古屋に住んでいたので)、しかし、晩年の指揮者としてのゾルタン・コチシュにはかろうじて会えた。じつに楽しそうに指揮棒を振っていた。
亡くなる数年前のこと。
できればピアニストとして会いたかった。
そして、できればベートーベンを聴きたかった。
わたしは、その後もゾルタン・コチシュを追いかけている。
昔々のピアノ協奏曲の録画はVHSのテープがこんがらがるまで観倒したので、もういまは観ることはできない。
でも、記憶にはいつまでも残っている。
第二楽章の美しさは忘れようと思っても忘れられない。
ゾルタン・コチシュのベートーベンは、とにもかくにもカッコいい!
それだけだ。
このピアノソナタが動画で残っていないのが、本当に残念だ。
それから、付け加えておくが、コチシュはベートーベンだけてはない。
ドビュッシーの神秘性、透明感は言葉にならない。
バルトークはさすが、ハンガリー人だけあって説得力のあるものだ。
他にもラフマニノフにも力を入れている。
小説「Mr.Green」に出てくるピアノ協奏曲第二番は、コチシュの演奏を意識して書いた。
本当に真冬の厳しさをその演奏で体感できるのだ。
いかん!ゾルタン・コチシュの魅力を語ろうと思ったら少なくとも二時間はかかる。
とにかくカッコいいコチシュのベートーベンを聴いて欲しい。
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