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プログラムノート: レーガー『セレナーデ』

Max Reger,
Serenade, Op.141a
(Flute, Violin and Viola)

 憂鬱な表情と批評家連への容赦ない反論。巨体でオルガンを演奏し、酒と煙草をこよなく愛したマックス・レーガー。難解と言われる作曲家である。
 1890年代から、43歳で急死した1916年まで、わずか20年ほどの活動期間の中で、レーガーは音楽史に独自の地位を占める作品を多く作曲している。バッハ、ベートーヴェン、ブラームスに連なるクラシック音楽の後継者を自負するレーガーは、オルガンのための作品から歌曲、室内楽、管弦楽にいたるまで、劇音楽以外の幅広いジャンルで「真っ当なドイツ音楽」を精力的に書き続けた。

 しかしその音響は極めて進歩的で、複雑で半音階的な和声進行や音量の過剰な変化に満ちている。詩情や物語を音楽で表現することを追求したリストやワーグナーに対して、純粋に音のみで構築された芸術作品を追求したブラームスこそドイツ音楽の正統である、という対立の構図を示したのは音楽評論家のハンスリックであったが、レーガーはその分断を統合する結節点になりうる作曲家であった。同時代のマーラーやリヒャルト・シュトラウスのように、音楽でドラマを表現するという手法は取らなかったが、レーガーの音楽は伝統的なドイツ音楽の緻密で端正な構成感だけでなく、豊潤で色彩豊かな音響をもっていた。

 それは確かに、音響的には世紀末に特異なモダニズムであり、構造的には伝統への回帰だった。「前衛的」とも「反動的」とも批難される所以である。レーガーの作品が難解と言われがちなのは、この多面性によるものだ。しかしこの多面性こそ、19世紀の音楽が直面した「古典派と未来派」――あるいはブラームスとワーグナーの対立を乗り越える、20世紀への架け橋だったのではないか。ベルクやシェーンベルク、ヒンデミットなど、1920年代以降に活躍した作曲家たちがレーガーに憧れを抱いたのも理由のないことではない。変奏曲やフーガといった形式的な手法が時代遅れではないということを、レーガーの作品は伝えている。

 対位法や和声における革新性は、レーガーの音楽に対する固定観念――難解さ――ばかりを強調することになりかねない。彼自身そのことを意識していたようで、晩年の室内楽曲ではやや直截な作風を取るようになっていった。最晩年の1915年に作曲されたセレナーデは、単純な編成でありながらレーガーらしい和声進行と、極めて繊細な――神経質と言ってもいい――音量の変化をみせる作品である。しかしその構成は実に端正で愛らしい。気難し屋の貴重な笑顔である。

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