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プログラムノート: ベートーヴェン『セレナード』

Ludwig van Beethoven
Serenade, Op. 25
(Flute, Violin and Viola)

 ベートーヴェンは深刻な男だと思われがちだ。シュティーラーによる肖像画に描かれた姿も、髪を振り乱し険しい顔つきで『ミサ・ソレムニス』の作曲に取り組んでいる。
 シンプルな動機から緻密に展開される楽想、厳格な対位法、壮大な編成――それが見事にまとめ上げられた立派な作品は枚挙に暇がない。この一点において彼はもちろん古典派の大成者である。

 しかし彼はそこから逸脱する過剰を抱え込んだ藝術家でもあった。
 ベートーヴェンの作品を好んで聴いたり演奏したことのある人なら分かるだろう。彼は陽気で、遊び心があって、時に粗野でさえある。丁寧に構築したドラマティックな展開を、最後の最後でご破算にする騒々しいコーダ。真剣に取り組んでいる奏者と聴衆を、「なーんちゃってな!」「マジになっちゃった?」と笑い飛ばす戯れ。しかもその大胆さが、作品全体の中で不思議に説得力を持っていることが、ベートーヴェンの魅力でもあり、後の世代の作曲家にとって偉大な模範となりえた力だった。

 『セレナード Op.25』のスケッチは1797年にはすでに書かれているが、全曲が完成されたのは1800年前後、30歳ごろの作品である。
 「セレナード」といえば元来は恋人の家の戸口で歌われる夜の訪いの音楽だったが、モーツァルトの頃のウィーンでは、屋外で演奏される軽快な内容の楽曲を指すようになっていた。ベートーヴェンのこの作品も、心地よい楽想と古典的な形式で、ともすれば退行的とさえ言われかねない端正さである。

 フルート、ヴァイオリン、ヴィオラの三重奏とはあまり見かけない編成であるが、当時フルートは紳士の嗜みとして広く演奏されており、アマチュアフルート奏者のための作品も盛んに作られていた。この三重奏は、勃興しつつあった楽譜出版市場の需要を掴んでいたと言えるだろう。

 ウィーンの趣味人の気楽な集まりで演奏されることを期待した愉快な作品だ。楽しく、憂いなく、朗らかなひとときを思って聴いていただきたい。最近みんなマジになりすぎだからね。

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